まず、本書に掲載された町全体の地図がわかりやすいので引用させてもらおう。山があり、海があり、都会も近く、交通の便にも優れた場所であることがわかる。
実際、日中に町を歩いている住人の姿はほとんどなく、お手伝いさんかセールスマンぐらいしか路上で見かけないという。用もないのに見知らぬ人間がうろついていると、不審者として通報される恐れもあるらしい。
町内会の役員にでもなれば話は別だが、そうでない人は隣人との付き合いもない。そうなると、「一年のうちに一度も顔を合わさないこともある」という。
「これだけプライバシーが守られている町もありません。芸能人やプロスポーツ選手がいないのがええんですよ。人気の芸能人が住んだらおそらくファンが来るでしょうし、そうなると六麓荘の雰囲気が変わる。現状では著名人の居住に反対する人が多いのも必然なんですね。そういえば、B'zや大黒摩季さんが所属した大手芸能事務所『ビーイング』(現B ZONE)創業者の自宅が六麓荘にありますけれど、住民の方々にもきちんと受け入れられましたね」
なんだかダークで閉鎖的なイメージをさそう感じで書いてしまったが、実際には美しく瀟洒な街並みが広がり、驚くほどの静けさに包まれているという。セキュリティや人付き合いなどの面で神経質さはありつつ、芦屋住民であることに誇りを持つ住民にとっては、住み心地は良さそうだ。そして、資産の大小はどうあれ、そこには間違いなく人々の「日常」がある。そんな住民の特色を拾い上げた描写も面白い。
六麓荘に引っ越ししてきたら、近隣へのご挨拶は欠かせない。手土産にも相当気を遣っているようだ。
(中略)
ただし、いくら美味しくても、六麓荘住民は「ある事柄を大切にする」と女性住民が打ち明ける。
それは、百貨店の中に入っている店かどうかだ。
「関西の百貨店で買えるから偉いんちゃいますよ。その逆です。百貨店に入ると全国誰でも気軽に買えるじゃないですか。だからこそ、その店でしか買えないものに興味を惹かれるんです。芦屋で美味しい洋菓子店があったとしましょう。それが話題となり、百貨店にも出店。そうなるともうオシマイ。お土産の価値が下がるんです。ここに皆さん、気を遣ってはります(笑)」
六麓荘に家を建てるには、町内会に高額の入会賛助金を支払うだけでなく、建築物の設計図などを提出することも求められる。新居の建築前に、町内会の役員に相談することが求められているのだ。小型の家の模型を事前に作製しておき、町内会の理事や近隣住民を集めて説明会を行わなければならない。
バブル時代は株や土地でひと儲けした投資家や、新興企業の社長が六麓荘に自宅を持つのがステイタスとなる時代があったが、今のトレンドはパチンコ業界や医療・美容整形業界の社長や医者、弁護士たちだ。
中国でいくら土地やマンションを購入しても、所有権はなく、所詮は国家の財産。その点、日本の法律では外国人でも土地が所有できる。
住んでも良し、投資しても良しとなれば、中国人が爆買いしても何ら不思議ではない。中国人富裕層がすでに購入し始めているのは、投資目的ではなく、来日した際の別荘として使うためだという。
それの何が悪いのか、神戸にも中華街はあるし、とも思いつつ、長年住み続けた人には変容を受け入れがたい感情があるのも分からなくはない。むしろ、海側のマリーナを中心としたラグジュアリーな再開発のほうに「映え優先」な現代日本的ヤバさを感じるのは気のせいだろうか。
本書を読んでいて思い出すのは、日本でもヒットした韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)だ。「山の手」の高級住宅街と、眼下に広がる庶民の町が象徴的に登場し、その「天国と地獄」的構図は日本も韓国も同じなのだと痛感させられた。一方、韓国では朝鮮戦争後に「タルトンネ」(月に届くほど高地の集落というような意味)と呼ばれるスラム街が傾斜地に築かれ、いまやだいぶ数は減っているものの一部にその特徴的な情景を残している。だから、下界を見下ろすような眺めのいい高台=富裕層のステータスシンボルとは必ずしも言えない。
それでも人は、大体似たような思考形態で街を築く。そこが面白くもあり、ちょっと物悲しくもある。







