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2026.01.06

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本物の富裕層だけが住む「芦屋・六麓荘」で今、起きていること。新・特権階級と闇の真実

兵庫県にある高級住宅地、芦屋。おおまかに言うと「大阪と神戸の間」に位置する町だ。名前は知っていても実際行ったことはないという人は多いだろう。人を集めそうな観光名所があるわけでもなく、むしろ意図的に一般人を寄せつけないような雰囲気もある。実際のところ、芦屋とはどんなところなのか? 本書はその謎めいた実態を、現在の街の景観から町づくりの歴史、未来への展望まで含め、丹念な取材をもとに語る一冊である。

まず、本書に掲載された町全体の地図がわかりやすいので引用させてもらおう。山があり、海があり、都会も近く、交通の便にも優れた場所であることがわかる。
海があって山があるということは、傾斜がきついということだ。実際、豪邸が立ち並ぶ山側の六麓荘あたりは坂道だらけだそうである。そんなところに老後も長く住み続けるのは大変なのではないか、などとつい心配してしまうが、六麓荘に暮らす人は運転手付きの車で移動するようなお金持ちばかりなので、まったくの余計なお世話なのだった(つまり、終の棲家としたいなら生活レベルを決して落とせない、ということでもあるだろう)。

実際、日中に町を歩いている住人の姿はほとんどなく、お手伝いさんかセールスマンぐらいしか路上で見かけないという。用もないのに見知らぬ人間がうろついていると、不審者として通報される恐れもあるらしい。
町内会の役員にでもなれば話は別だが、そうでない人は隣人との付き合いもない。そうなると、「一年のうちに一度も顔を合わさないこともある」という。
「これだけプライバシーが守られている町もありません。芸能人やプロスポーツ選手がいないのがええんですよ。人気の芸能人が住んだらおそらくファンが来るでしょうし、そうなると六麓荘の雰囲気が変わる。現状では著名人の居住に反対する人が多いのも必然なんですね。そういえば、B'zや大黒摩季さんが所属した大手芸能事務所『ビーイング』(現B ZONE)創業者の自宅が六麓荘にありますけれど、住民の方々にもきちんと受け入れられましたね」
先日レビューした『ザ・芸能界 首領たちの告白』(著:田崎健太)の登場人物まで不意に出てきて驚くが、「有名人のお宅訪問」的な軽薄さや華やかさは本書にはない。一般人には顔も知られていないが、それぞれの業界内では知らぬ者はいない実力者が集う町……という一種独特のムードが伝わってくる。そこに不気味さを感じるか、憧れを抱くかは読者次第だ。

なんだかダークで閉鎖的なイメージをさそう感じで書いてしまったが、実際には美しく瀟洒な街並みが広がり、驚くほどの静けさに包まれているという。セキュリティや人付き合いなどの面で神経質さはありつつ、芦屋住民であることに誇りを持つ住民にとっては、住み心地は良さそうだ。そして、資産の大小はどうあれ、そこには間違いなく人々の「日常」がある。そんな住民の特色を拾い上げた描写も面白い。
六麓荘に引っ越ししてきたら、近隣へのご挨拶は欠かせない。手土産にも相当気を遣っているようだ。
(中略)
ただし、いくら美味しくても、六麓荘住民は「ある事柄を大切にする」と女性住民が打ち明ける。
それは、百貨店の中に入っている店かどうかだ。
「関西の百貨店で買えるから偉いんちゃいますよ。その逆です。百貨店に入ると全国誰でも気軽に買えるじゃないですか。だからこそ、その店でしか買えないものに興味を惹かれるんです。芦屋で美味しい洋菓子店があったとしましょう。それが話題となり、百貨店にも出店。そうなるともうオシマイ。お土産の価値が下がるんです。ここに皆さん、気を遣ってはります(笑)」
街としても、住民としても、「品位と高級感を保つ」意志がはっきりと打ち出されているところが芦屋の特徴だ。それは市の条例にも制定されており、町全体の管理を行う町内会の影響力もそれなりに大きい(入会費はなんと50万円、月額会費は別)。町全体のムードや景観を壊すような邸宅の新築も許されないという。
六麓荘に家を建てるには、町内会に高額の入会賛助金を支払うだけでなく、建築物の設計図などを提出することも求められる。新居の建築前に、町内会の役員に相談することが求められているのだ。小型の家の模型を事前に作製しておき、町内会の理事や近隣住民を集めて説明会を行わなければならない。
引っ越すだけで、ある種の「審査」は避けて通れない。この時点で心が折れそうになる人も少なくないと思うが、それでも入居希望者は後を絶たないという。ステータスシンボルとしての芦屋は、いまだ健在なのだ。とはいえ、やはり時代の流れとともに富裕層の中身も変わるので、芦屋はその影響をモロに受けてもいる。
バブル時代は株や土地でひと儲けした投資家や、新興企業の社長が六麓荘に自宅を持つのがステイタスとなる時代があったが、今のトレンドはパチンコ業界や医療・美容整形業界の社長や医者、弁護士たちだ。
そして、近年は中国人富裕層の移住も増えてきているという。日本人より格段に儲けているから、というグウの音も出ない理由以外に、中国独特のお国柄(=制度)も関係している。
中国でいくら土地やマンションを購入しても、所有権はなく、所詮は国家の財産。その点、日本の法律では外国人でも土地が所有できる。
住んでも良し、投資しても良しとなれば、中国人が爆買いしても何ら不思議ではない。中国人富裕層がすでに購入し始めているのは、投資目的ではなく、来日した際の別荘として使うためだという。

現地の不動産業者曰く、「相場とかけ離れた値段で物件を購入してくれる人が、いまは中国人しかいない」という現実がある。そして、一度彼らに売った土地は日本人の手には二度と戻ってこないとも言われている。そのからくりは本書を読んで確かめてほしいが、一部の住民からは「このままでは六麓荘がチャイナタウンになってしまうのではないか」という声まで上がっているそうだ。

それの何が悪いのか、神戸にも中華街はあるし、とも思いつつ、長年住み続けた人には変容を受け入れがたい感情があるのも分からなくはない。むしろ、海側のマリーナを中心としたラグジュアリーな再開発のほうに「映え優先」な現代日本的ヤバさを感じるのは気のせいだろうか。

本書を読んでいて思い出すのは、日本でもヒットした韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)だ。「山の手」の高級住宅街と、眼下に広がる庶民の町が象徴的に登場し、その「天国と地獄」的構図は日本も韓国も同じなのだと痛感させられた。一方、韓国では朝鮮戦争後に「タルトンネ」(月に届くほど高地の集落というような意味)と呼ばれるスラム街が傾斜地に築かれ、いまやだいぶ数は減っているものの一部にその特徴的な情景を残している。だから、下界を見下ろすような眺めのいい高台=富裕層のステータスシンボルとは必ずしも言えない。

それでも人は、大体似たような思考形態で街を築く。そこが面白くもあり、ちょっと物悲しくもある。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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