ヘッジファンドの雄、降臨!
わずかだけど株式投資をしているので、書店に行くと投資本のコーナーをまめにチェックする。昨今は新NISAのスタートもあって、棚は初心者向けの投資本で飽和状態。差別化を図るためだろう、「フォロワー◯万人!」みたいな著者の本も多いけど、投資の世界でSNSフォロワーが多いのって、なんかいいことあるの? よくわからない。
そんな投資関連本のコーナーに投下された、本年度最大級の大玉(本当に、これ以上の話題作が出るとは思えない)。それがこの『わが投資術 市場は誰に微笑むか』です。著者は清原達郎。この著者、知ってました?
ザッと清原氏を紹介しましょう。
東大→野村證券(海外投資顧問室)→スタンフォード大学でMBAを取得→野村證券NY支店→ゴールドマン・サックス東京支店→モルガン・スタンレー証券→スパークス投資顧問→タワー投資顧問株式会社で基幹ファンド「タワーK1ファンド」をローンチ。
はい、わからない言葉が出てきた。「タワーK1ファンド」ってなんでしょう?
これはヘッジファンドのひとつです。ヘッジファンドとは?
サクッと検索すると「さまざまな取引手法を駆使して市場が上がっても下がっても利益を追求することを目的としたファンド(SMBC日興証券)」「一般的な投資信託(ファンド)と違い、機関投資家や富裕層から私募により資金を集めるファンド(大和証券)」となっています。清原氏が語るには、ヘッジファンドで大事なのは「運用責任者(CIO)の金融資産の相当部分がファンドにつぎ込まれている」という点だといいます。清原氏は、この「タワーK1ファンド」の運用責任者として、2005年長者番付の全国トップになります。運用責任者といってもタワー投資顧問株式会社に勤めるサラリーマンなワケで、当時は「サラリーマンが長者番付1位になった!」と、かなりの話題になりました。でも、よく考えると、自分の資産を投資に回して(リーマンショックの時は、資産を100%注ぎ込んだとか)働くサラリーマンって、それサラリーマンか?
そして6年前、咽頭がんで声を失うもコロナ期を乗り越え、23年にファンドの運用を終了させて退社。個人資産800億円超! そんな清原氏には、後継者がいない。そこでヘッジファンド運用のノウハウを「ぶちまけてしまえ」と書かれたのが本書なのです。でも、とんでもない額のお金を動かすヘッジファンドと、個人投資家ではスケールが違いすぎると思うのだが……。
ヘッジファンドは結果がすべてのビジネスです。多くの機関投資家は、パフォーマンスはイマイチでも言い訳はとても上手です。それに対し、個人投資家の方の目標はヘッジファンドと同じであり、大事なのは「結果としてのリターン」だけだと思うのですよ。機関投資家が大好きな「言い訳」は無意味で不要です。
「大事なのは『結果としてのリターン』だけ」って……、ここまであけすけに言っちゃってる本、ないですよ。思わず本を指差して、「そう! そうなんだよ!」と言いましたね。
天国と地獄を行き来して
さて、では清原氏は「タワーK1ファンド」でどんな運用を行なったのか? その25年の歴史がひと目でわかる図がコレです!
もう「山あり谷あり」どころの話じゃなく、「天国か地獄か」のレベル。ヘッジファンドは、ロング(買い)とショート(信用取引、空売り)のどちらも行い、相場が上がっても下がっても利益を得ようとします。清原氏が「タワーK1ファンド」で行った運用スタイルは、「割安小型株のロング」と「ショート」ですが、上図の大きな下降線のいくつかは、そのショートの失敗によるもの。本書でも、清原氏は個人投資家に個別銘柄のショートを勧めていません。学ぶべきはズバリ、「割安小型株のロング」です。
1998年、K1ファンドの運用が始まって以来、我々は小型株をロングポジションの中心に据えてきました。(中略)
理由は、小型株の多くは基本割安に放置されていて、その中で成長株を見つけて投資できれば爆発的な破壊力になるからです。
その基本的なスタンスは「シンプル」です。資金が100万円あるならば、小型株を10万円程度ずつ買って、3年、場合によっては5年持つ。ここでの小型株とは時価総額500億円未満の株式で、どうやって割安株を見つけるかについてですが、もうこれは“第3章「割安小型成長株」の破壊力”を読むべし、読むべし、読むべし! 10回は読んで完璧に理解すべしに尽きます。
ではなぜ、清原氏が小型株への投資をメインにしたか? その理由をこう書いています。
1. 割安株が多い
2. 独自のリサーチがしやすい
3. 機関投資家が持っていない
4. アナリストがカバーしていない
つまりロングについては、人ごみの多いところ(みんなが知ってる人気銘柄)、競争の激しいところ(機関投資家が主導権を持ってる銘柄)で勝負をしないということ。もちろん、それでリターンが確約されるわけじゃないが、個人投資家でも会社四季報やネットなど、お金をかけずに得られる情報で戦えるという。
本書は、上記のような(サービス満点と言って差し支えない)投資術を教えてくれると同時に、市場で強かに生きた清原氏の自叙伝としてめちゃくちゃ面白く読める。「すべての情報にはバイアスがかかっている」と語り、「イメージの悪い業界」こそチャンスだという清原氏は、ときに(いや大抵?)トレンドに逆張りして成果を上げていく。でも抜群に面白いのは、ロングもショートも同時に損を出し、階段を転がり落ちるようにピンチに立たされた話だ。清原氏のすごみを感じるのは、そんな状況にあっても次の展開を読み、株を仕込むところ。仕事でもプライベートでも「あ、詰んだな」と思うことは多々ある。しかし人の強さは、その「詰んだ」と思った時点から始まるのではないか? リーマンショックのとき、閻魔大王にポートフォリオを提出する悪夢を見ながら、次の相場の展開に対して「必ず大儲けできると思っていました」「自信があった」「明白でした」と言い切る清原氏の強さは、もはやモンスターだ。
彼のタワーK1ファンドの最終的なパフォーマンスは93倍。ローンチ時に100万円預けていたら(そんな少額じゃ受けてもらえないと思うが)25年後に9300万円になる計算。天国と地獄を何往復もしての、このパフォーマンス。どうよ、日経平均株価が面白い動きをしている今こそ、本書の“読みどき”じゃない?
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。