■上様はどこまで本気なのか──徳川将軍の「ゆるすぎる」絵はなぜ描かれたのか?
「へそまがり日本美術」。そんなちょっと変わったタイトルの展覧会(@東京・府中市美術館)が、話題を呼んでいます。伊藤若冲や長沢蘆雪といった人気画家の作品も数多く揃う展覧会ですが、3月16日(土)の開幕を前にして、もっとも注目されている“画家”が、徳川家光です。「え? 家光って将軍じゃないの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。そうです、「あの三代将軍家光」の描いた絵が人気を集めているのです。その理由を探ってみました。
もふもふのウサギとミミズク、そして「ぴよぴよ鳳凰」…… 家光様の絵がかわいすぎて、目が離せない!
ちょこんと佇むもふもふの生き物。耳が長いから、一目でウサギとわかるけれど、サングラスのように真っ黒に塗りつぶされた目を見ていると、「ウサギの目ってこんなんだっけ?」と少し不安になってきます。そして、顔の下には体がなくて、すぐ切り株。細長い画面に描かれているのはこれだけ、サインも書き入れもありません。これが、徳川三代将軍家光様の描いた「兎図」。いわゆる日本美術の本では見たことのないゆるいスタイル、でも、現代を生きる私たちの心を鷲掴みにするかわいい絵であることだけは間違いありません。 この他、「ミミズクの耳ってこんなんだっけ?」と悩まずにはいられない「木兎図」、そして今やSNSの人気者「ぴよぴよ鳳凰」と、いずれ劣らぬ「ゆるさ」と「かわいさ」に満ちた作品が、「へそまがり日本美術」展に出品されるとあって、今、密かな「画伯・家光ブーム」が起きているのです。
「笑ってはいけない」家光様の御作品 一見「ゆるい」画風に隠された背景とは?
笑ったら改易、あるいは切腹の上、御家断絶か……などと、この絵を見た家臣たちの反応が思わず心配になる三代将軍のゆるすぎる絵。上様は、どこまで本気でこんな絵を描いたのでしょうか? 家臣を笑わせるためにふざけたのでしょうか? しかし、家光といえば武家諸法度や参勤交代といった制度を整え、幕政の基礎を築いた人物。冗談でこんな絵を描いたとは思えません。
「へそまがり日本美術」展を担当する府中市美術館学芸員の金子信久先生はこう話します。「御用絵師として狩野探幽、安信らを抱え、日頃彼らの作品に触れていた家光が、絵の上手い・下手をわからないはずがありません。既成の描き方から逸脱した自らの絵に価値を見出していたのでしょう」。さらにはその背景に、常識的な物差しを疑う、禅の思想があるのでは、と指摘します。「へたうま」とも思える、家光のゆるい絵には、そんな背景が秘められていたのです。
父・家光の絵心を受け継いで 四代将軍・家綱が描いたニワトリの絵
絵筆をとることが、武士や大名のたしなみの1つとされた江戸時代、歴代の将軍もそのほとんどが絵を描いたそうです。けれども、今の目で見て面白いと思えるような作品を描いた人物といえば、家光、そしてその息子の家綱の2人がピカイチと、金子先生は言います。
「へそまがり日本美術」展では、家綱の作品も出品されます。出品作4点のうち3点がニワトリの絵なのですが、家綱は相当なニワトリ好きだったようで、描いた絵の半分以上がニワトリだったと言われるほど。そして、父・家光から手ほどきを受けたのでしょうか、はたまた見よう見まねでその絵心を受け継いだのでしょうか、家光の絵と同じく、上手・下手を超越した何とも言えない味わい深さをたたえているのです。ニワトリを描いた江戸時代の画家といえば、伊藤若冲が有名ですが、今後は、家綱のこともまた、ニワトリの画家として記憶しておきたいものです。
「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」は、3月16日(土)〜5月12日(日)まで。前期(3/16〜4/14)と後期(4/16〜5/12)で大幅な展示替えがあり、家光の絵3点が揃うのは、前期のみ。お見逃しなく!
春の江戸絵画まつり
へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで
会期 | 2019年3月16日(土)〜5月12日(日) 【前期】3月16日(土)〜4月14日(日) 【後期】4月16日(火)〜5月12日(日) *全作品ではありませんが、大幅な展示替えがあります。 |
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会場 | 府中市美術館(都立府中の森公園内) |
特設サイト | http://fam-exhibition.com/hesoten/ |
「生活と美術=美と結びついた暮らしを見直す美術館」をテーマに2000年10月に開館。都立府中の森公園の中にあり、1階は美術図書室、市民ギャラリー、教育普及関係の施設のほか、ミュージアムショップやカフェなどがある。2階は展示空間で、所蔵品展や企画展を行っている。恒例の「春の江戸絵画まつり」は美術ファンに人気の展覧会となっており、毎年話題を呼んでいる。
『へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで』のほか、料理、美容・健康、ファッション情報など講談社くらしの本からの記事はこちらからも読むことができます。