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2022.09.17

レビュー

応挙も蘆雪も若冲も!「かわいい子犬画」選りすぐりの116点からひもとく絵画史

名だたる画家たちが犬友に見えてくる



犬はかわいい。洋犬も和犬も、若い犬も老犬も、皆それぞれにかわいい。顔はもちろん、湿った鼻も輝く犬歯も、びっしり生えた短いまつげも、肉球も、ご飯の後の膨れた腹も、尻も、ピコピコ動く尻尾も、匂いさえも、何もかもかわいい。

そんなわけで迷わず『子犬の絵画史 たのしい日本美術』を手に取る。この本は、日本美術における「かわいい子犬画」の成立をひも解く1冊だ。本書の著者であり、子犬の絵に魅了された学芸員である金子信久さんは、こう語る。

子犬は、あっという間に大きくなる。つまり、ほんの短い間だけ世の中にいる、ちょっと特殊な生き物のようなものだ。(中略)
そんな愛おしくて不思議な動物を、本物らしく描いた応挙もいれば、その描き方を崩すことで面白く見せた蘆雪(ろせつ)もいたし、全く別の描き方をした伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)のような画家もいた。更に源流をさかのぼれば、もっと昔の中国や朝鮮にまで辿り着く



本書は、国内外の美術館・博物館、プライベートコレクションから選りすぐりの絵画116点が集められ、犬好きにとってもたまらない見ごたえがある1冊だ。どの作品も子犬愛に満ちていて、天才と言われる画家たちも、私たちと同じように「犬、いいよね!!」と言ってくれているような気持ちになった。

かわいい子犬をかわいく描く

昔から犬は人のそばにいたが、絵の題材になることは少なかった。しかし、ある時中国で、「かわいい子犬をかわいく描く」絵画が生まれたのだという。
こちらは作者不詳の「犬戯図」。15世紀ごろの作品だと思われる。



チワワやパピヨンのような雰囲気の犬に親近感がわく。鼻から額に抜ける白い筋や目の周りの白さは、それらの犬種に今でも見られる特徴だ。ほかの子犬に乗ったり、母親めがけて駆けていく様子など、子犬の可愛さがこの絵にギュッと詰まっている。「かわいい」のツボは、昔も今も、中国も日本も変わらない。

こちらも作者不詳の「花陰臥犬図」。



母犬のシュッと滑らかな美しさ、子犬たちに寄り添う様子に目が行くが、周囲を探索しているような2匹には子犬の好奇心が現れている。成犬と子犬、種類の違う愛らしさをまとめて切り取った1枚だ。

応挙の「リアルな子犬」が爆誕

こうした「かわいい子犬」の絵は、もともと中国流のスタイルを看板としていた狩野派や、俵屋宗達などの手本となるが、そこに、日本独自の新しい流派が登場する。

そして円山応挙である。(中略)それまでの「絵としてかわいく見せる」ものとは別次元の、リアルな子犬たちの世界を絵の中に作り出すことに成功した。やんちゃであどけない動きや仕草、顔の表情など、見事としか言いようがない。

円山応挙は、「足のない幽霊」を描いた先駆けと言われ、金刀比羅宮の襖絵「遊虎図襖」など、リアルな作風で知られている。そんな応挙が子犬を描くと、こうである。



毛のぽさぽさ具合や、笑っているような口角の上がった表情、足を投げ出したおすわりなど、リアルな子犬らしさ満載だ。作風でかわいく見せるのではなく、子犬を写実的に描いた結果、かわいい絵が生まれたのだろう。

これもまた思わず微笑んでしまうかわいさの1枚。



それぞれの絵に対しての金子さんのコメントが、子犬愛に満ちていて面白いのも本書の特徴だ。

他の子犬に押さえられて、「ずこっ」となった一匹を真横からとらえる応挙の面白センス。子犬を描き始めて間もない、三十八歳の作。

また、SNSなどで人気となった「朝顔狗子図杉戸」も収録されている。



私はこの絵が好きすぎて公式グッズのタオルハンカチを買ったが、応挙がこんなに犬を描いているとは知らなかった。本書には19点もの応挙の子犬の絵が収録されており、もふもふでコロコロな応挙の子犬をたっぷり堪能できるのがうれしい。

蘆雪のゆるかわ子犬たち

応挙の弟子・長沢蘆雪。応挙とは対照的な大胆な構図、奇抜な画風が特徴の「奇想の絵師」だ。その犬の描写は現代の「ゆるかわ」を思わせる。初期のころは応挙を真似て描いていたようだが、すでにずんぐりしたフォルムや表情、ポーズのゆるさといった、蘆雪らしさが目立つ。



ここで、自由な作風の蘆雪らしさが際立つ「寒山拾得図」を紹介したい。



禅の世界で信奉された中国の伝説的人物・寒山と拾得の足元に、ギュッと寄り添う子犬たちが登場するのだ。



子犬は禅の世界を象徴する生き物だったという。つまりこの作品には禅のテーマが二つ盛り込まれているのだが、シリアス調の人物の足元に無理やり出てきた感のある子犬はどこかとぼけた雰囲気だ。一度気づくとこの犬たちから目が離せないインパクトがある。

蘆雪の描く犬たちはこの後、どんどんゆるくなっていき、子犬というかおじさんのような風情の「狗児扇面」が登場する。扇子を開くたびにこの犬が出てきたら、おかしくてかわいくてたまらない。



応挙のような写実的な絵ではないが、人に飼われて野生を忘れた犬を知る身としては、蘆雪の犬もむしろリアルに見える。蘆雪って愛犬家だったのかな……そんな想像をさせてくれるのも、また楽しい。

かわいい子犬画はひとつのムーブメントになり、応挙そっくりなもの、なんとなく似ているものも含め、様々な画家に影響を与えた。



応挙が確立した子犬画の人気のおかげか、江戸時代後期には絵だけではなく本の表紙や着物、アクセサリーに至るまで、いろいろなものに子犬が登場する。そんな「子犬グッズ」も、本書にはたっぷり収録されているので、絵と見比べるのもまた楽しい。

この本を見ていると、昔の人のかわいいものを愛でる気持ちや遊び心の愛らしさに、共感がわく。絵画史をわかりやすく教えてくれるだけでなく、心を和ませてくれる1冊だ。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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