江戸の人々が暮らした間取り図が見たい!
間取り図や、物件情報ってなぜあんなにワクワクするんだろう。家具の配置や、キッチンの使い心地を妄想したり、間取りと立地のわりにやけに家賃の安い家があれば、マイナス面を探してみる。「三駅利用可」? 便利そうだがいずれの駅からも遠いということか。「バランス釜」か……。古いけど、お風呂の追い炊(だ)きができるのは悪くない。住む人が家に求めるものはそれぞれ。自分のニーズにピッタリの驚くような掘り出し物も、たまにある。夜な夜なネットで間取り図を眺めるうちに、うっかりそんな掘り出し物に巡り合い、思い立って引っ越したことも一度や二度ではない。
『江戸で部屋さがし』は、町人と武士の若者が、江戸の町を歩きながら知られざる住宅事情を案内してくれる1冊だ。一章は、三味線弾きの“菊香”が、大家さんと部屋を探しながら江戸の町人の暮らしを学び、二章は参勤中の殿のお供で江戸に来た“真二郎”が、旗本の息子の案内で武士の家を探検する。彼らが、そしてもし私が、江戸の町に住むとしたら、どんな家を選ぶだろう。
四畳半に親子三人「町人の暮らし」
第一章は「町人の家」。仙台・伊達藩からやってきた三味線弾きの菊香さんが、大家さんの案内で江戸・深川の長屋を見てまわる。
人通りの多い表通りに並ぶ店舗。これを「表店」という。
人通りが多い場所は店を開くにはちょうどいいが、それだけに家賃も高い。
一方、表通りの店と店の間の路地を奥に入ったところある長屋が「裏店(または裏長屋)」だ。江戸の長屋は、ひと続きの屋根の建物の内部が5つほどの部屋に区切られている。大家さんは、菊香さんが住むなら裏店だというが……それはどんな部屋だろう。
大家 こちらが、お梅さんの家。夫婦と小さい女の子とで、三人暮らしじゃ。ちょうど一般的な九尺二間、畳部分は四畳半の一間に暮らしておる。家賃は月額二万五千円、手ごろな値段じゃ。
入口に半畳ほどの土間があり、手桶や水瓶、流しと、かまどがある。
四畳半に親子三人。トイレなどの水まわりは専有部分に含まれないので単純に比較はできないけれど、現在の13㎡くらいのワンルームに夫婦と子どもで住む感覚に近いだろうか。深川で賃料2万5000円は魅力だが、少し狭すぎるような気もする。部屋に人を呼んで三味線を教えたい菊香さんも、
菊香 そうですねえ、大人が三、四人座るといっぱいになり、稽古の順番待ちの方で手狭になりそうです、ほかに同じくらいの店賃のお部屋はありますか?
と聞く。
縫箔師(ぬいはくし)、塗物師(ぬりものし)といった「居職(いじょく)」と呼ばれる、室内で作業をする職人や、菊香さんのような専門職は、単身でも広い部屋を望む傾向がある。そのため、このように賃料はそこまで変わらず、やや広い部屋もあるのだそう。
はじめは、間取り図の本に語り口調? と思ったが、これが絶妙に読みやすい。「もう少し広い部屋はありますか?」の問いかけから、江戸のいろいろな職業の人の暮らしぶりと、彼らに人気の間取りへと話が展開していくのが楽しい。本当に部屋を借りるときの内見のような雰囲気なのだ。本文とイラストでページが分かれておらず、文の合間にオールカラーのイラストが配置されているのも読みやすさのポイントだ。
店兼住居の表店2階建て商家や、現在の百貨店のような大店の間取りはもちろん、室内の様子や生活用品、時にはトイレの造りなども紹介され、当時の町人たちの生活が手に取るようにわかるのが楽しい。
「武家屋敷」も仕様はさまざま! 大きな特徴とは?
第二章は、江戸城の周囲と市中を占める広大な武家地に広がる江戸藩邸を、旗本の息子新之助と、伊達藩から参勤中の真二郎が巡る。一言で武家の家と言っても、身分によって住む家は全く異なる。上級武士である旗本の拝領屋敷(幕府から一時的に借りている土地と家)はこんな感じだが、
一般の下級武士の拝領屋敷はこんな感じ。
拝領屋敷は身分や禄高ごとに、ふさわしい家の規模や間取りを決めたものを支給される。昇進や降格、人事異動に応じて、身分にあった屋敷に引っ越さなくてはならず、しかもその「引っ越し」とは、家具だけでなく、建具、庭石、樹木なども含めた大掛かりなものらしい。
「武士」の7割程度を占める標準的な下級武士の家の間取りは、裕福な町人のものとあまり変わらないように見える。
「武家屋敷」と聞いて私たちが思い浮かべる、こんな立派な門構えの豪邸は、中級武士たちが住むもののようだ。
武家の門は身分によって形が決められており、このイラストは「長屋門」。「長屋」+「門」、つまり、門の中に家臣たちの住居スペースがある立派な門だ。
屋敷全体を上から見るとこう。現在の日本家屋にかなり近いが、下級武士の家と比較すると、長屋門や「式台」といった仕様の他に、それぞれの部屋に「〇〇の間」と、用途を限定する名称があることに気づく。また、ここで初めて、町人や下級武士の家にはない「湯殿」が登場する。その理由や、それぞれの部屋の意味についてはここでの引用を控えるが、本書を読むと、この間取りと空間の使い方こそが武士の身分表現であることがよく理解できる。先ほど「武家の引っ越しは大掛かり」と書いたが、「家=身分」と考えると納得だ。
この本は、間取り図を中心に江戸の暮らしを絵解きでわかりやすく見せてくれる。家と間取りからも、江戸時代の厳しい身分制度が思い起こされる一方、接待や贈答、訪問が多く、人付き合いが大事にされていた江戸の魅力的な文化を感じることもできる。間取りへの興味で手にとったが、当時の文化や風俗などについても時代小説の解像度を上げてくれそうだとも感じた。間取り好きだけでなく、時代小説好きな方へも、ぜひお勧めしたい楽しい1冊だ。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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