現段階において、私たちは資本主義に代わる制度を見出すことができていない。そうである以上、この格差、富、貧困という資本主義の宿命を直視していくことが求められる。アダム・スミス、マルクス、ケインズからピケティまで経済学者たちがどのようにこの問題と向かい合ってきたかを参考にしながら、いかに資本主義の欠点をできるだけ少なくし、多くの人びとが納得できる社会を作っていくかが問われているのである。
いまや貧困大国・格差大国である日本とどう向き合うか
1990年代初頭のバブル崩壊以降、「失われた30年」と呼ばれる「賃金は上昇せず、物価も上がらないデフレ状態」が続いていた日本経済。ここ数年、物価はインフレに振れているものの、23年の実質賃金は2.5%減。90年以降で最低水準となっているのが現状だ。
さらに、日米の金利差を大きな要因とする円安ドル高も、この1年半ほどで大幅に進行。期や年度が変わるごとに日用品や食料の値上げがニュースになるなか、円安の影響はこれまで以上に一般市民のフトコロを直撃するだろう。生活も苦しくなろうというものだ。
現在の内閣支持率が低迷している理由としては、もちろん話題の政治資金問題からくる政治への圧倒的な不信感もあるだろうが、一般市民が日々感じている「物価高騰・生活苦への効果的な対策が期待できない」という面も大きいと思われる。
『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』の著者・橘木俊詔氏は、日本における格差問題・貧困問題研究の第一人者であり、関連書籍も数多い。本書は、四半世紀前より日本の貧困化・格差社会化に警鐘を鳴らしていた氏が、改めて「日本は福祉国家になれる(なるべきだ)」と、日本の経済政策・社会政策の大転換を説いている一冊といえる。
なにより本書は、著者の主張である「日本は福祉国家になれる(なるべきだ)」という結論に至るまでの流れが美しい。第1章から順序だてて「資本主義以前の状態から、資本主義の成立と発展の歴史、それに伴う国ごと、時代ごとの主要学説の概要などを「格差社会と福祉国家」という切り口をメインに展開しており、著者の主張がスムーズに頭に入ってくる。
日本が福祉国家になるために足りないモノとは
まずは第1章「格差の現実」で、ジニ係数や相対的貧困率などのデータを基に、日本の現状を「貧困大国」と位置付ける。続いて第2章「資本主義社会へ」で資本主義社会の成立・発展過程を解き、第3章「資本主義社会の矛盾に向き合う経済学」で、新古典派、マルクス経済学、ケインズ経済学の概要などを解説。
第4章「福祉国家と格差社会」では、ドイツやイギリスにおける福祉国家としての萌芽とその崩壊、北欧型の「高負担・高福祉国家」の誕生と、それに対比する形のアメリカ型「小さな政府と福祉資本主義」などについて考える。さらに第5章、第6章で、21世紀に入り世界の所得分配の研究に大きな影響を与えたトマ・ピケティ、およびそれ以降の格差論について解説。
そこから第7章では、「効率性と公平性」「成長と分配」が、本当に一般的に言われるような「トレードオフの関係」にあるのかについて考え、さらに格差是正を目的とした累進課税制度の最適化について、資本主義経済でトリクルダウンが成立しない理由についてなどを解説。最後の第8章「日本は格差社会を是正できるのか」で、日本の格差是正策を具体的に箇条書きするとともに、これまでのさまざまな解説の総まとめとして「日本は福祉国家になれる(なるべきだ)」という結論を導き出している。
もちろん歴史上の学説、ひとつひとつの詳細までは追いきれないので、この本だけで「貧困問題・格差問題」を真の意味で理解することは難しい。しかし、極めて専門的な同分野をかなり平易な文章で記してあるため、入門書的な一冊としては十分、お勧めできる。
最後に、日本が福祉国家になるための大きなハードルとして語られた、以下の記述も見逃せない。
第六に、福祉国家になるには政治と官僚の世界が、国民の信頼を得るような態度を見せないかぎり、無理な希望であると言わざるをえない。国民からの多額の税金と社会保険料を徴収するのであるから、その見返りが完全になされないかぎり、国民は福祉国家になることをあきらめると思われる。
冒頭で述べたように、政治に対する不信が過去最大レベルで増大している現状を考えると、その道のりはなかなかにハードだな、と改めて感じてしまった。
レビュアー
編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』、『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。