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2024.04.12

レビュー

低賃金労働、格差社会……限界を迎えた資本主義のどこに問題があり、どう乗り越えるのか

かくして世界は、それまで経験したことのなかった経済成長を達成するようになっただけでなく、経済とは成長しなければならないものだという強迫観念の下に生きるようになった。

資本主義社会は限界に達している。近年そう実感している人は多いのではないか。成長を目指し、発展を求め、競争に参加し、活発な経済状況を生み出す……そういった概念がこれまで企業や国家、庶民をも突き動かしてきた。だが、このままでは何もかも終わることに、もはや疑いの余地はない。

成長と上昇こそが絶対であるという価値観は、取り返しのつかないレベルの環境破壊を生み出し、低賃金労働や格差社会の温床となった。一刻も早くその概念からの脱却を果たしたいところだが、恐ろしいことに、人類には何の代替案もない。社会主義の失敗、その果ての独裁国家の誕生という最悪のモデルケースを見ている我々には、手持ちのカードが資本主義しかないのだ。そんな危機的状況において、本書は「まだ見ぬ新しい生き残り方」を多彩な専門家たちの証言とともに考察する、アクチュアルな示唆と思索に満ちた一冊である。

「何のための成長か」「格差を巡る言説と実像」「温暖化で起きていること」「本当の労働運動とは」「民営化信仰を問い直す」「少子化と教育――個人はどこまで負担すべきか」といった章タイトルは、今まさに何らかの危機感を抱いている人にとってはどれも重要なトピックだろう。かといって、いたずらに危機感や終末観を煽るようなセンセーショナリズムで書かれた本ではない。著者は共同通信社の編集委員兼論説委員で、著書に『サラ金崩壊――グレーゾーン金利撤廃を巡る300日戦争』(早川書房)などがある井手壮平。冷静かつ鋭い現状分析と問題提起には、頷くところが多い。

各章のインタビューに登場する「世界の賢人」たちの多彩な顔ぶれも、信憑性や説得力に加え、読み物としての面白さも高めている。エコ社会主義者を自称するギリシャの経済学者ヨルゴス・カリス、ロックンローラーのような出で立ちで温暖化の危機を訴える国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室長の五箇公一、日本の労働運動の限界を指摘する社会学者の木下武男、水道・鉄道といった公益事業の再公営化に取り組む英国労働党のジョン・マクドネル議員、教育無償化を実践するフィンランドのアニタ・レヒコイネン事務次官など、その言葉はいずれも刺激的だ。

多くの問題提起のなかから、「人類という特殊な生き物の“業”が、環境問題の最大の根っこにある」とする五箇公一のコメントを引用してみよう。

「新型コロナウイルスで、世の中が変わるんじゃないかという期待があった。世界全体が同じ災害を受けているから、手を取り合って苦難を乗り越える方向に行き着くんじゃないかと。その延長線上で、環境のことも考える方向に行くかと思ったら、ワクチンの奪い合いなど、エゴイズム、ナショナリズムむき出しで正反対の方向に行った。皆が同じ不幸に遭ったら、人のことなんか考えられなくなって、もっと悲惨なことになると思い知らされた。人間の弱さがここまでむき出しになるんじゃ手の打ちようがない」

パンデミックから立ち直ることが「早急な資本主義社会の復帰」だったという絶望。そんな実感をこの数年間に覚えた人は決して少なくないはずだ。コロナ禍以前と同じように利益ばかりを追い求め、資源を食い潰していく世界において、どのように脱却を試み、生き残るための方法を掴み取るか。その道筋を考えるヒントも本書は授けてくれる。

資本主義システムから脱却するためのアイデアのひとつとして示されるのが、オーストラリアの経済学者ウィリアム・ミッチェルが1990年代半ばに提唱した現代貨幣理論(MMT)である。これは経済政策というより「ものの見方を変える」理論で、インタビューにも登場するミッチェルは「レンズ」という言い方をする。要するに、通貨発行権を持つ国の財政制約は最初から存在しないという立場をとるものだ。

厳密に言うと、変動為替制と管理通貨制を採用しており、外貨での借り入れがない国は、いくらでも通貨を発行することによって財政支出を賄うことができるというものだ。
管理通貨制とは金本位制の対語で、金本位制は国が保有している金の価値を裏付けとして通貨を発行するため、金の保有量の範囲内でしか通貨を発行できない。これに対し、管理通貨制では単なる紙切れに過ぎない紙幣に価値を保証するのは政府の信用に過ぎず、発行可能量に上限はない。

ざっくり言うと、「すべては“限度がある”という思い込み」なのだから、財源など気にせず「いくら自国通貨を発行してもOK」という発想である。まさに大きな意識の変革が必要になるという意味で、なかなか大胆な考え方だなあと思っていると、ミッチェルは「バブル崩壊直後の日本がまさにそのモデルケースだった」と語りだすので面食らう。

「日本の研究をするようになって、私には日本こそが私の政策の実験室だということがはっきりした。(中略)日本政府と日銀は、ほとんどの国が見たことのない限界まで経済政策を推し進めてきただけでなく、それを長年維持してきた。ゼロ金利政策を四半世紀近く続けてきた、大きな財政赤字も長年計上し続けてきた。
一九九七年には保守的な経済学者の発言力が再び強くなって消費税が引き上げられ、その結果、ほぼ瞬時に不況になった。日銀総裁や財務大臣は、MMTなど自分たちの政策とはいっさい無関係だと主張するだろう。それはそれで構わないが、日本経済で起きてきたことはMMTのすべての主要な論点の有効性を証明するものだ」

もしかしたら、現在とは全然違った意味で「日本スゴイ」と言われていたかもしれない。なお、ミッチェルはMMTの応用として、就業保証という仕組みも提唱している。インフレへの対応策として発生した失業者を、すべて政府が最低賃金で雇用するという政策である。先ごろ公開された映画『PERFECT DAYS』(2023)では、東京でトイレ清掃員として働く男性の「健康で文化的な最低限度の生活」を描いていたが、これもMMT論者にはミッチェル案のモデルケースとして見られていたのかもしれない。

終盤で言及される「新しい社会システム構築」の事例には、SFや机上の空論、あるいは「次なる悪しき仕組み」とすら思えるものもある。それでも、考えるヒントには確実になるはずだ。どんなに秀逸なアイデアだと思っても、安易に飛びつくより先に、現実的であるかどうかを見据え、己の想像力も発揮し、慎重に考えて選び取らなければならない。選挙と同じである。

「資本主義経済からの転換」という、人類史のターニングポイントになるかもしれない課題なのだから、ある程度の戸惑いを与えるものになるだろうとも想像できる。映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995)のラストシーンのように、若干の「別れの悲しみ」を湛えた進化が人類に訪れるのかもしれない。たったひとつの、とは言わないまでも「冴えたやり方」を探し出したい人には必読の一冊である。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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