壊れた日本、失われる町
日本の衰退を憂う声を聞くことが増えました。
かつて、ウォークマンとかインベーダーゲームとか、すさまじいブームを起こした商品がありました。あんなもん二度と現れるわけがありません。なぜなら、人口が減っているからです。「人口が少ない」とは「市場が小さい」ということです。かりに個人の購買力が同じでも、以前と同じほどモノが売れることは絶対にあり得ません。
統計によれば、2021年10月から2022年9月までの1年間に、55万6千人の人口が減少したといいます。数字で言われるとピンときませんが、これは宇都宮市や倉敷市や奈良市の総人口よりずっと大きい数字です。1年で地方都市が1個消滅したのと同じかそれ以上だ、といえば、事態の深刻さが了解できるでしょう。
人口の減少と少子高齢化はずいぶん前から問題になっていました。国内市場は小さくなるばかりなのだから、今後は世界市場に向けて商売しよう、という意見も、かつては鼻息荒く語られていました。しかし、現在ではこの声もずいぶん小さくなっています。紛争や天変地異などで世界の状況は大きく変わるとか、円安の影響で海外進出できるほど円は強くないとか、うなずける意見も語られていますが、もっとも大きいのは、世界でつくって世界で売るスタンス(グローバリズム)に大きなリスクがともなうことをみなが知ってしまったことでしょう。
中国の武漢で発生したとされる新型コロナウイルスは、またたく間に世界的なものとなりました。その背景にグローバリズムがあったことは疑いようのないことです。幸いにも、目下のところ日本の死者数は多くはありませんが、米国は117万を超える死者を出しています。これは第二次大戦やベトナム戦争の戦死者よりずっと多い数字です。アメリカで人がこんなに死んだのははじめてでしょう。安直にグローバリズム=正義とは言えなくなっているのです。
八方ふさがりじゃないか。どうしたらいいんだ?
本書は、厳しい状況認識を提供するとともに、「あるべき日本のかたち」を提案するものになっています。
人口減少の要因は貧困である
問題は何なのか。
本書は、それを明確にすることから始まります。「今、自分がいる場所」を正確に認識するところから始まるのです。たとえば、こんな感じです。
このグラフでもよく見ると、65歳以上人口が継続的に増え続けていることがわかります。2015年から世紀末にかけて総人口は半分以下となりますが、65歳以上人口は半分にはなっていません。また、2015年に1600万人だった14歳以下人口も世紀末には38%の600万人へと縮むと予想されています。
著者も指摘していますが、人口が減少することがかならずしも不幸なこととはいえません。たとえばヨーロッパには、小さくても(人口が少なくとも)豊かな国がたくさんあります。日本もそういう国になっていけばいいじゃないか。あふれかえる衰退論へのアンチは、たいがいここに帰結するようです。
ところが本書は、このままじゃそうはなれないよ、ということを豊富なデータをもとにして、具体的に(科学的に)明らかにしていきます。
たとえば、2022年の合計特殊出生率(女性ひとりが生涯に産む子どもの数)は1.26だったと発表されています。この数字は2.07以上でなければ立ちゆきません。少子化対策とはこの数字を引き上げることなのですが、本書では、これがうまくいかない理由が次々とあげられていきます。
この少子化は人々が望んでもたらしているのではない、子供をつくろうとしてもできない状態に労働者がおかれていることが原因している、ということです。
どうして子供をつくろうとしていないのか、あるいはつくれないのかを知る必要があることになりますが、そこでの最大の問題は、端的に言って結婚自体がされなくなっていること、それが格差社会の深刻化によっていることにあります。これは日本の社会政策学会でもいまや共通認識となるに至っていることです。
このままいけば日本は、高齢者比率が高いまま人口が少なくなる、という最悪の状態を迎えるでしょう。わかっていたつもりだったのですが、データとともに見せられると、暗澹たる気分にならざるを得ませんでした。おそらく誰もがそうだと思いますが、なんとなく未来は悲惨なはずはないというような、根拠のない思い込みを持っているものです。本書は、そんな思い込みを打ち砕いてくれます。「おまえは甘ったれだ」とハッキリ告げられるわけです。
恐ろしいのは、日本国民の多くが、自分と同じような甘ったれであることです。少なくとも今のところ、「今後はこういうふうにしていこうよ」という建設的な提案はほとんど聞こえてきません。
「マルクス経済学」という新しい考え方
本書は、マルクス経済学をもって日本を覆う数々の問題と、問題の解決策を提示しようとするものです。
マルクスだって? もう終わってるじゃないか。
そう感じる方もいらっしゃるかもしれません。
911テロの前だったでしょうか。ある人に言われたことがあります。
「経済学の古典で、今は絶版になってる本があるのを知ってるかい」
「なんですか」
「マルクスとエンゲルスだよ」
自分はそれが大嘘であることを知っていました。しかし、否定はしませんでした。「マルクス経済学はすっかり古くなって顧みる人はない」という認識に抗弁できる何物をも持ち合わせていなかったからです。
本書は、現在のシステムでは立ち行かないことを幾多のデータで立証した後、マルクス経済学をもとに数々の提案をしてくれます。それは断じて、ロシア革命や毛沢東主義に基づく古くさいものではなく、最新の経済学の成果に基づいた新しいものです。IT業界では今世紀初頭から使われている新しそうな言い回しをあえて用いるならば、「マルクス経済学2.0」「3.0」と呼ぶべきものかもしれません。
とりわけ強調したいのは、私が開発を進めています「数理マルクス経済学」は多くの点で主流派近代経済学の成果を基礎としているもので、中でも「マルクス派最適成長論」というコアをなす成長モデルはその典型だということです。このモデルは資本主義の生成・発展・死滅を証明するために2002年につくられたものですので、(中略)その前提となっているのは資本と労働力を生産要素とする生産関数と諸個人の通時的効用(現在ばかりでなく将来の効用をも含む全体としての効用)の最大化というきわめて近代経済学主流派=新古典派の仮定です。
なにやら難しそうですが、そんなことはありません。可能なかぎり多くの人に理解してもらえるように、という著者の努力は随所に見られます。なにより本書は、「このままではダメなんだ」と誰でも言えることを繰りのべるばかりではなく、「こうすればいいんだ」という提案をふくんでいます。きわめて貴重な考え方を述べた書物だと言えるでしょう。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/