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2025.12.13

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【南海トラフ巨大地震】知識は命を救う──いまのうちに「知っておく」べきこと

災害を題材にした作品は、ときに恐怖を前面に押し出し、読者の不安を掻き立てることがある。けれど、この作品は違う。近い将来、かなり高い確率で起こることが予想されている災害と、それによって起きることを描いているからだ。
そして、その災禍を生き延びるために必要なものとして、本書『南海トラフ巨大地震』の3巻・4巻は知識を挙げている。そのためだろうか、本作は少し珍しい形態で出版されている。判型が大きいバージョンと、一般的なモーニングKCのサイズの手頃なバージョンだ。これは一人でも多くの読者に届けたい、という強い意思を感じる。

3巻(2025年6月刊)と4巻(2025年10月刊)。この2冊が描くのは、南海トラフ地震で「切り替わってしまった日常」と、そこから続いていく時間だ。私たちはつい、災害を一つの点として認識してしまう。発生した瞬間、救助活動、復興。しかし現実には、そこから無数の「その後」が枝分かれしていく。3巻は、地震によってガラッと変わってしまった世界を捉え、4巻は、その変化した世界の時間がどう流れるのかを描いている。
巨大地震の発生と、そこから避難までを描いたものは1巻と2巻だが、真に知識が必要となってくるのは3巻以降に描かれる部分ではある。この時間軸の選び方に、作品の誠実さが表れている。
正直、2巻までの話は、足手まといになる老人に胸糞悪さを感じたり、優柔不断な主人公の自己満足な行動に苛立ちを覚えたりした。
しかしこれらの感情も災害時には気をつけなければならない、決断しなければならないという教訓となっていたことに、3巻以降を読むことで気付ける。そういう意味では、3巻以降の話を読んでいるか読んでいないかで1巻と2巻の話はガラッと評価が変わるだろう。

3巻では避難所への移動の困難さ、そして避難中に負傷した場合の感染症の問題だ。同時に傷病者の搬送などに触れている。また、災害が発生したことにより、「無法状態化」することにより被災者同士の略奪などの諍(いさか)いなどの問題も語られる。
4巻では避難所での生活、新たな要救助者の捜索、救助といった被災者が取れるアクションと同時に、途絶えた連絡、先の見えない状況、食料についての不安など、じわじわと心を蝕(むしば)んでいく避難生活のリアルが描かれている。
非日常が日常化していく過程で、人はどう尊厳を保つのか。エンターテインメント作品にはよくある派手な救済劇は起こり得ないから、この作品が優れているのは、登場人物を英雄にも被害者にもしない点だ。あくまで主人公のメイの視点を通したものなので、胸糞悪く感じることもある。だが彼らにもそれぞれ事情があるから、強くもあり、一方で弱くもある。その揺らぎこそが、読者に「自分ならどうするか」を考えさせる余地を生んでいる。
読者にナラティブに知識を与えるという命題が本作にあるとして、本作が作品を通して伝えなければならないことはあまりにも多すぎると言える。だからこそそれらの情報の中でも、絶対に読者が持って帰って欲しい知識を集中的に描かれているように感じる。
その一方で、ストーリーでは直接触れていないが、緻密な作画によって触れていなくても画面内でしっかり語っている出来事は多く感じる。
読者は、“直接”語られていない部分を自分で埋めることになる。この余白が、物語への没入を深めている。自分の経験、自分の家族、自分の住む街。それらを重ね合わせながら読むとき、この物語は単なるフィクションを超えた何かになるのではないだろうか。

そういった意味では3巻と4巻を読むには、少し覚悟がいる。覚悟といっても、ショッキングな描写に備えるという意味ではない。自分の生活と向き合う覚悟だ。読み進めるうちに、嫌でも考えてしまう。もし自分が巻き込まれたとしたら、もし家族が巻き込まれたら、もし明日地震が発生したら……。
だからこそ、この作品は流し読みに向かない。静かな場所で、時間をかけて読むことを勧めたい。一気読みもできるが、できれば数日に分けて、咀嚼しながら進むのがいい。
知識は力なり。
いくらAIが進化して求める解に瞬時に辿り着けるとしても、災害の後は電波も電源もない。そうなると場合によっては被災後のあなたは関東大震災の頃よりも生活力が低い生き物かもしれないのだ。
しかし、もしかしたら本作を読んだ経験が、いつか不運にも災害に遭遇した際に、うっすらと頭に残っていた知識によって命を救うきっかけになるかもしれない。
4巻は、(も?)終始不穏な内容が描かれ、巻末も不穏な引きで終わっている。
近い将来おきうることの“未来の思い出”として、5巻を座して待ちつつ、非常用の袋の点検と、3巻にて解説されているロープワークなどをおさらいしておこうと思う。

レビュアー

宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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