「私の仕事人生、旅人生がスタートしたのは50代からでした」
人気料理家・有元葉子さんのエッセイを読んでいると、「人生、まだまだこれからよ。楽しみなさい」と背中を押された気になります。
元々は編集者で、著書は100冊以上にのぼる有元さん。てっきり若いころからバリバリに働いてきたキャリアウーマンかと思っていたら、専業主婦を経て本格的にお仕事を始めたのも、ひとりで海外に行き始めたのも50歳前後だというから驚きです。
有元さんの旅では、ロストバゲージは20回を超え、スリに遭ったこともあるそうです。
しかし──
「良いことばかりの旅よりも、少々の不安や危険が伴った旅のほうが、案外記憶に残るものです。(中略)
ひとりで旅することは、ひとりで生きることにもつながる──」
「自分という小さな存在がまったく知らない土地にいて、思いもかけない時間を過ごしている。その感覚を味わうのが旅(以下略)」
ほかにも、懐かしい1990年代の話や、ハイクラスなレストランで目立つ中央席に通された話、リスボンで買ったタイルを鍋敷に使っている話、ベトナム料理は何を食べても美味しい話など、「そうそう」と共感することばかり。
しかし、読み進めるにつれ、それは共感から驚きに変わっていきました。
なんと、おいしい “野草サラダ”を食べにイタリアのウンブリアを訪れたときの直感、「ここに住もう」を現実のものにし、本当に家まで買ってしまったので!!
さすがに家探しは現地スタッフに任せたのだろうと思っていたら、有元さんは何度もイタリアに通い、何十軒も物件を見て回ったとか。
そうして人生で初めて買った家は、イタリアの14世紀の修道院の一部で、面倒な手続きもイタリア人弁護士と一緒に行ったというのですから、もう「すごい!」としか言いようがありません。
家だけではありません。有元さんは、とんでもない行動力の持ち主。
「昔ながらの本物のパン」を買うために、「かなり山の中にある村で、だいたいの場所しかわからないけれど、地図で確認して行けばなんとかなりそう」と、自ら運転して出かけていくのです。


「ベトナム式蒸し鶏」もチャレンジしたいけれど、ボッタルガ(カラスミ)からヒントを得た「たらこスパゲッティ」は絶対に作ってみようと思いました。

Buon Viaggio(良い旅を)!
その代わり、イタリアの家を1年かけて“修復”した話や、前の持ち主がしょっちゅう訪ねてくる話、ご近所同士の付き合いの話など、実際にそこに住んでいる人にしか語れない興味深い話が満載です。
そして何より、実際に体現して見せてくれた人の言葉は、重みが違います。
渡航規制はとうに解除されているのに、海外へ行くことに腰が重い自分がいます。
しかし気づけば、25年前に買ったイタリアの地図を引っ張り出し、6年前に買ったままの南イタリアのガイドブックに付箋を貼っていました。
『旅の記憶 おいしいもの、美しいもの、大切なものに出会いに』は、間違いなく「旅するひとの心をそそる一冊」になる本だと思います。