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2023.06.24

レビュー

日本が美食立国として輝くために。稀代の食いしん坊「フーディー」を核に提言する

究極の食いしん坊「フーディー」を日本に呼べ!

大人になってからのつながりは、「食の価値観」が下支えしているところが大きい。たとえば、一人数万円のコースや都心から外れた立地のレストランに「行きませんか?」と誘うときに真っ先に考えることは、お金の有無や親密さではなく「その人の価値観に合うか」だ。

だから「ああ、この人はこういう店も楽しめるタイプなんだな」と判断されると、美食のサーキットに追加され、以後ずっとグルグルと回り続ける。価値観(と、価格帯)の数だけ美食サーキットがあるのだろう。

この食の価値観が究極にぶっ飛んでいる人たちが『ニッポン美食立国論』の主人公である。

「フーディー」と呼ばれる彼らには国境も予算も関係ない。美味しいものと最高の料理人を求め世界中を飛び回り、小さな港町にも現れ、一人数十万円のディナーを味わい、SNSで世界中に発信する。まるで食のF1だ。

本書はフーディーの生態やコミュニティを紐解きつつ、美食を目的にした旅行「ガストロノミーツーリズム」と富裕層のための「ラグジュアリーツーリズム」の発展で、日本がどう立ち回れるかの戦略を語る。国もインバウンド需要のうち富裕層を積極的に取り込むことを方針として打ち出している。

著者は「日本ガストロノミー協会」の会長であり、美味しいものがいっぱい並ぶ「文春マルシェ」を立ち上げた柏原光太郎さん。ということで食のメディアの歴史や、国内外の美味しいお店の探し方、そして日本各地でフーディーを夢中にさせている名店や新店オープンの噂話もたっぷり紹介されています。

とくに「オーベルジュ(宿泊型のレストラン)って最近よく聞くけど、どこにあるんだろう?」と気になる人はぜひ読んでほしい。

船かヘリコプターでしか行けないレストラン

フーディーがどれだけ美食に手間もお金も惜しまないかの一例がこちら。クラクラする。

デンマークのフェロー諸島でミシュランの星を獲得したレストラン「コックス」は、ミシュランから「世界で最も遠隔地にあるレストラン」の称号を受けていたのに、「自分のレストランで食事をするためだけに来てほしい」と考え、さらに遠くへ移転。グリーンランドの北極圏に位置し、船かヘリコプターでしかいけない場所であらたに開業しました。しかし、そんな辺鄙(へんぴ)な場所でも、美味しいものを食べられるならフーディーたちは出かけるのです。

酔狂? でも価値観のずっと先にはこういう世界が待っているのは少しも不思議じゃない。それに美食を目当てに世界中から旅行客が集まるスペインのサン・セバスチャンの盛り上がりだって、フーディーの熱狂が起点になっていたと本書は指摘する(サン・セバスチャンに行ったことのある人は、第1章「食の国際化、あるいはスペイン・サンセバスチャン物語」をわかるわかるとうなずきながら読むはずだ)。

フーディーの興味深い特徴は他にもある。彼らはもったいぶらないのだ。

「美味しい店を教えるとすぐに予約が取れなくなるので教えない」といって、SNSに写真は上げてもけっして名前を出さない人がいますが、フーディーは開示することには躊躇がありません。自分の発見した店を教えなければ、自分の知らない店の情報を得ることはできないことをよくわかっているからです。

たしかに情報はもらうだけだとやがて枯れる。こうしてフーディーがフーディーを呼び「予約の取れない名店」が誕生する。

フーディーがさきがけとなって駆けつける地は、サン・セバスチャンが「ピカソもガウディも闘牛もないけれど、美食でスペイン有数の観光地」となったように、観光で大成功する可能性を秘めている。ではどうすればそうなるのだろう?

点から面へ

『ニッポン美食立国論』は「どうだ、予約の取れないミシュラン三つ星は美味しそうだろう、フーディーはすごいだろう」という本ではない。「日本はどうすればフーディーを取り込んで観光国として発展できるか」を考察するのがテーマだ。

第2部からは日本各地のガストロノミーツーリズムの実例や候補地を取り上げつつ、いかに経済圏を育てていくかが述べられる。特に印象的だったのが「第7章 北陸オーベルジュ構想」だ。もう美味しそうったらない。

岩瀬地区は富山駅から電車で20分ほどのところで、富山の地酒「満寿泉(ますいずみ)」で知られる舛田酒造店がありますが、その5代目当主・舛田隆一郎さんが岩瀬の町にたくさんのレストランを呼び寄せ、フーディーの聖地にしたのです。
岩瀬のメインストリートにはふじ居をはじめ、寿司屋、居酒屋、蕎麦屋、イタリアンやフレンチ、日本酒造店などが揃っています。2022年には、魚津(うおづ)市からは「ねんじり亭」が、朝日町からは「酒蕎楽(しゅきょうらく)くちいわ」も移転してきました。どれも舛田さん自らが口説いて実現した移転です。
(中略)かつて富山の美食といえば、氷見のブリや白海老くらいだったのに、この数年でフーディーたちには、こうしたレストラン群がある美食の宝庫と認知されたのです。

ここを読むと「そんなに集まってるなら、ちょっと金沢のついでに岩瀬にも行ってみるか!(グリーンランドは私には無理だけど日本なら行ける)」ってなる。そんな私の心を鷲づかみした岩瀬も含めた北陸オーベルジュ構想のマップがこちら。



ああ、なんて贅沢なんだろう。瀬戸内も軽井沢も十勝もよかったな。

そう、「有名店がひとつだけ」だったり「名産品がひとつだけ」ではないし、さらに大きくすると「町ひとつだけ」や「一県だけ」じゃないのだ。これを著者は「点から面へ」と表現する。

ひとりの突き抜けた存在(ヘンタイ)が現れ、それをフーディーが見つけ、アーリーアダプターにつながり、富裕層が行きたがる存在になるわけです。それと並行的にさまざまな刺激的な場所が発見され、面のツーリズムになっていくという仕組みです。
このようになれば、富山はガストロノミーツーリズムが促進され、さらにはラグジュアリーツーリズムに向かっていけると思います。

「突き抜けた体験」は旅行の醍醐味だ。今までは、奮発して旅行するとなると行き先は海外ばかりだったけれど、実は日本も目まいがするほど美味しいものや美しいものをたくさん体験できるじゃないか。コロナ禍やGoToトラベルをきっかけに行き始めた国内旅行で「もしかして日本すごくない?」と気がついた矢先に、この本でハイエンドな世界を覗けた。

日本の外食文化の歴史や都市部の美食事情、そして国の方針にも触れつつ、日本各地のガストロノミーツーリズムの芽を楽しめる。行きたいお店リストと夢の旅行計画がまた増えた。食のメディアの第一線に立ってきた著者ならではの1冊だ。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori

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