何から何まで、規格外の本だ。制作中からずっと、「これがどういう本かを説明するには、日本語はあまりにも無力だ」と思っていた。よっぽど、それを帯の文句にしようかとも思った。しかし説明もせず「とにかく凄い本です」と連呼するだけでは夜の客引きと変わらない。そこで、あえて「いかに非常識な本か」をお伝えすることで、この本の紹介としてみようと思う。
非常識ポイント(1) まとっている「数字」がどれも異様
924……正味のページ数。もしも今年、「全国鈍器本選手権」が開催されたら優勝候補の一角には挙げられるだろう。
1017……総重量(グラム)。つまり1キロ超え。手に持っていると腱鞘炎になりかねず、机に置いて読むしかない。
4950……定価(税込)。無謀だ。「キヨブタ本」というらしい。SNSには講談社は懐が深いとの声も(少しうれしい)。
30……著者が取材・執筆にかけた年数。異様なのは外見だけではないのだ。題材となった事件が起きたのは1994年。
1……ライター歴44年の著者の、これまでの著作数。つまり半生をほぼ2冊の取材・執筆だけに費やしたのだ。
非常識ポイント(2) どう考えてもノンフィクションなのにフィクション
本書は中学2年の男子生徒が同級生からのいじめを苦にして自殺した事件を取材した調査報道であり、どう見てもノンフィクションだ。なのに、なんと著者は冒頭で、これはフィクションであると書いている。ゲラの段階から、これを見て困惑した人は少なくなく、なかには拒絶反応もあった。だが、こう断らざるをえないことが、著者の尋常ではない取材力を物語ってもいる。いうまでもなく、この悲痛な事件のことは関係者の誰もが思い出したくもない。それを掘り返し、知られたくない事実まで暴いてしまったら、いったいどんな化学反応が起きるか――。
それを考えたとき、この反則技を使うしか、著者は前に進むことができなかったのだ。ただしその根底には、「ノンフィクションと言ってもしょせんはフィクション」という醒めた見切りがあった。
非常識ポイント(3) 書くことを前提としない取材だった
本書が生まれるきっかけは、事件直後にいまはなき月刊『現代』に著者が連載した全7回にわたるルポだった。質量とも1冊の本にまとめるには十分だったし、当時、この事件は世間をおおいに湧かせていたので、当然、講談社は出版を勧めた。ほかのライターなら10人が10人、イエスと答えて本にしただろう。だが、著者の返事はノー。雑誌に書かなくてはならなかったいままでは、本当の取材ができなかった、締め切りも、書かれた人の苦しみも気にする必要がなくなったこれからこそ、思う存分に取材ができる、まだまだ知りたいことが山ほどある――つまり、書くことを前提としない取材こそ、自分にとって理想の取材だというのだ。ここに小林篤というライターの絶対矛盾がある。
彼は言う。雑誌記事であれ書籍であれ、作品として形にするにはどうしても、どこかで取材を終わらせなければならない。それで事実を知ったことになるのか? もしかしたら次に取材した人の証言で、すべてが覆るかもしれないじゃないか。「ノンフィクションもしょせんフィクション」とは、そういうことを言っているのだ。本業はブルーバックスである私には、そんな彼が、宇宙や素粒子の謎を追い求めることだけに喜びを感じる理論物理学者に重なって見えることさえある。
では結局、なぜこの本が書かれたのか?
そのいきさつは(あざとい手だが)本書を読めばおわかりいただけるはずだ。
この鈍器本には、まだ続きがあると聞いて、信じられるだろうか。最も信じたくないのはほかならぬ担当編集者だが(もう定年しているのに……)、どうやらそれは事実らしい。そうならざるをえないことが、本書が終わったあとの未来に起こったのだ。それは、この本の表紙を飾ってくれている美しい写真にも関係することだ。
はたして次作は、本当に書かれるのか。それは、少しは常識をわきまえたものになるのか。それとも、さらに輪をかけた鈍器が生まれるのか。いや、小林篤のことだから、それでもまだ完結しない可能性も・・・・・・。答えはまだ誰にもわからない。
この本の名状しがたい非常識ぶりが、少しはおわかりいただけたのではないかと思う。だが、ようやく発売を迎えたあとに、また驚くべきことがあったのだ。
著者の希望で批評家の東浩紀さんに献本したところお礼のメールをいただいたのだが、そこに、なんとこんなことが書かれていたのだ。
到着した本を開いて少し読みはじめたら、そのまま止まらなくなり、最後まで一気読みしてしまった。凄まじい本だった――。
じつはこの本のわかりやすいお薦めポイントは「読みやすさ」で、だから帯に「924ページ一気読み必至!」とうたっているのだが、内心では「んなわけあるかい」と思っていた。まさか本当に一気読みしていただけるとは!
しかもその後、ライターの武田砂鉄さんからも、
3日で読み終わった。あっというまの読書体験だった――。
おふたりの集中力には驚嘆するばかりだが、どうやらこの本、「一気読みできる鈍器本」とうたっても、けっして嘘にはならなそうだ。世に鈍器本はあまたあれど、これは威張れることかもしれない。今年も異常に暑そうなこの夏、異次元の読書体験「924ページ一気読み」に挑んでみてはいかがだろうか。
手に持って読むと腱鞘炎になりかねないので机に置いてください