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2025.07.12

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凄惨ないじめ。13歳の遺書の謎。学校の壁、生徒たちの心の闇……取材・執筆30年の全軌跡!

いじめの末に自殺した少年の遺書

いつも4人の人(名前が出せれなくてスミマせん。)にお金をとられていました。そして、今日、もっていくお金がどうしてもみつからなかったし、これから生きていても…。だから…。また、みんなといっしょに幸せに、くらしたいです。しくしく!
1994年11月27日、この書き出しで始まる遺書を残して、上之郷清人君(中学2年)は柿の木で首を吊って自殺した。翌年1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件が起きた、あの時期である。総合月刊誌『現代』の記者・小林は、その遺書を読んで「なんだこりゃ?」と呟(つぶや)いた。これが死を賭して両親に伝えたかったことなのか? 本当のメッセージは、行間に隠されている。そんな気がした小林は、事件が起こった愛知県西尾市へと取材に向かう。
あと、とられるお金のたんいが1ケタ多いと思います。これが僕にとって、とてもつらいものでした。これがなければ、いつまでも幸せで生きていけたのにと思います。
加害者から受けた暴行のひどさ、さらに脅し取られたお金の総額が100万円を超えていたことから世論は沸騰する。しかし清人君は、遺書にこうも書いていた。
僕からお金をとっていた人たちを責めないで下さい。
僕が素直に差し出してしまったからいけないのです。
清人君は、遺書でなにを伝えようとしていたのだろうか?

ノンフィクションとフィクションの間で

本書は4部構成となっている。

第1部は、月刊『現代』に連載された7回の内容を挟みながら、当時の取材状況が描かれる。型破りでアマノジャクな記者・小林は、混乱、怒号、狂騒、沈黙、悲しみが飛び交う西尾市で、取材を1年間続ける。いじめのあらましは、ほぼこの第1部で明らかになるが、それはあくまで表層であって、清人君が遺書に残した思いの深層にはたどり着かない。

第2部で、小林は取材で築いた生徒や教師、教育委員会などとの関係を繋ぎつつ、足利事件(1990年、栃木県足利市で4歳女児が行方不明となり、他殺体で発見された事件。この事件で菅谷利和氏が逮捕されて有罪が確定するが、2009年の再審で無実が確定し釈放される)に関わる。さらに鹿児島県知覧市で「死んできさまらをのろってやる」「おれが死ねば、いじめはかいけつする」という遺書を残して自殺した中学3年生の事件や、1997年の酒鬼薔薇聖斗による神戸連続児童殺傷事件を取材する。

そして第3部。清人君の自殺から6年以上経った2001年、小林は再取材を始める。成人したいじめの加害者、関係した生徒、傍観者たち……。清人君の自殺が、彼ら自身にもたらした影響や変化を聞き取っていく。第1部ではすくい上げられなかった生徒たちの思い、新たな事実を含めて、清人君がどういう経緯でいじめられるようになり、自殺に追い込まれたのか、高い解像度で記される。
いつも心配をかけさせ、ワガママだし、育てるのにも苦労がかかったと思います。おばあちゃん、長生きして下さい。お父さん、オーストラリア旅行をありがとう。お母さん、おいしいご飯をありがとう。お兄ちゃん、昔から迷惑をかけてスミマせん。寛人、ワガママばかりいっちゃダメだよ。また、あえるといいですね。
最後に、お父さんの財布がなくなったといっていたけれど、2回目は、本当に知りません。
see you again
そう清人君は遺書を締めくくった。涙を誘う家族へのメッセージ。しかし、それほどに愛を注いでくれた家族がいるにも関わらず、どうして清人君は家族にいじめを打ち明けることができなかったのか?
第4部において小林は、清人君の死という癒えることのない傷を抱えたままの家族に、あらためて取材を行う。

本書は、実際に1994年に起きたいじめによる自殺を取材し、長く関わったルポライター小林篤氏によるものだ。しかし、本書はあくまで物語(フィクション)であるとプロローグに記されている。
なぜノンフィクションにしなかったかといえば、関係者のプライバシーを公表することは、筆者の本意でも、目的でもないからだ。
さまざまな取材対象者から聞き取った、世間に明らかにすることができない(それを知ることで、誰かが新たな傷を負うような)事実を知ったとき、どうすればよいか? 作者(=小林)は「書くこと」から逃れられないルポライターとして、フィクションとすることで一線を引いたのだ。多分それは良心とか、そういう立派なものではなく、一種の“仁義”みたいなものなのだろうと思う。

いじめの深層のその先へ

つい最近まで中学生だった子どもを持つ親として、いじめを取り巻く状況は1994年とは大きく異なっている気がする。もちろん都市部と地方、生徒家庭の収入の偏りなどにより違うだろうが、「いじめは悪いこと」という教育は徹底され、生徒の理解も深くなっている。なにより「学校に行かなくてもいい」という選択を昔より容易にとれるようになったことは大きい。
だからといって、いじめがなくなった訳ではない。1994年当時はシンプルに学校内外での「暴力」が主流であったのに対し、現在はSNSでの無視、悪口レベルから誹謗中傷まで、現場と手段を変え、より広範囲にカジュアルに行われている。「いじめはなくならない」という悲観的前提は、学校も家庭も受け入れざるをえない状況だ。

では、そもそもいじめとはなんなのか? 小林は、精神科医の中井久夫が記した『アリアドネからの糸』というエッセイから、多くの知見を得る。
子どもの社会は権力社会であるという側面を持つ。子どもは家族や社会の中で権力を持てないだけ、いっそう権力に飢えている。子どもが家族の中で権利を制限され、権力を振るわれていることが大きければ大きいほど、子どもの飢えは増大する。
いじめ側の手口を観察していると、家庭でのいじめ、たとえば配偶者同士、嫁姑、親と年長のきょうだいのいじめ、いじめあいから学んだものが実に多い。方法だけでなく、脅かす表情や殺し文句もである。そして言うを憚ることだが、一部教師の態度からも学んでいる。一部の家庭と学校とは懇切丁寧にいじめを教える学校である。
中井久夫は、いじめは集団から「孤立化」させることから始まり、抵抗しても無駄であると思い知らされる「無力化」が進み、最後に加害者に隷属してどんなに尽くしても意味がないと知る「無価値化」の三段階があると書いている。その三段階に紐づけて清人君へのいじめがどう進行したのかを掘り下げるくだりは、人間を壊す工程を見るようで恐ろしい。その過程のどこかで、食い止める人や方法がなかったのか?

清人君の場合、同じ部活の同級生や、ツッパリやヤンキー流の美学を持っていた上級生の存在が、その暴走を止める役割を担うはずだったし、その機会もあった。しかし、食い止められなかった。また学校の先生も、不適格者だったわけではない。指導力が足りなかった、踏み込めなかった、忙しかった。理由はさまざまあるが、先生は学校という組織を円滑に回すことが優先事項なのだ。だから閉塞する。すべてが明るみに出たときに「いじめに気づかなかった」で突き通し、残された生徒を守るためだと口をつぐみ、学校側に不都合な記録を改竄(かいざん)するのも、そのせいだ。
気づかなかった。
タイミングが悪かった。
ボタンの掛け違い。
悪い空気が醸成されていた。
いじめが発覚したとき、こんな“とおりいっぺん”の説明が繰り返される。そして並のノンフィクションであれば、そこで本を締めくくるだろう。しかし小林は、「なんだこりゃ?」と自分が抱いた遺書への感想に忠実に、それが「明らかにできないこと(=書けないこと)」であっても構わず、深層に近づこうとする。

清人君という人格は、どういう環境や教育、信条により作られたのか?
そしてなぜ清人は、死を選択するに至ったか?

それを、清人君の死に最も傷ついた父や母、兄弟や祖母たちから手がかりを得ようとする。清人君の死から10年経っても癒やされることなく、ずっと血を流し続けているような人に対して、問いかける小林は正直恐ろしかったのではないか? どこまで触れていいのか、滴(したた)り落ちる血の量を見極めつつ小林は問い続ける。そこから立ち現れる清人君の像に、読者は胸が締め付けられる思いをするはずだ。

「問題の答えのヒントを教えるのが得意です」

これは清人君が小学校、中学校で書いた自己紹介文だ。小林は、清人君が遺書に隠した思いを知りたくて取材を始めた。清人君にしてはヒントが難しかったのか、小林は彼の死から30年後に925ページの本として解答を提出した。そういう見立てをすれば、長大な謎解きミステリーとしても読める(そして言葉を選ばずにいえば、めちゃくちゃ引き込まれる面白い1冊だ)。しかし小林の解答は、一人のルポライターとしての視点であり、“正解”と呼べるものかどうかはわからない。そもそも小林は、途中から“正解”なるものを手にしたいと思っていない気がする。ただ「明らかにできないこと」を避けつつ、清人君についてたくさんの「伝えないといけないこと」を伝えるため、(ノンフィクションだと開き直ることもできたはずなのに)フィクションとしてまとめた。これはそういう本なのだ。

読み終えて、改めて装幀を見る。これは夕焼けなのか、朝焼けなのか、猛烈に知りたくなった。清人君が自殺した夕方の風景なのか、それともこれから朝の光が差し込むのか? 朝の光であれば良いのにと思う。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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