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2025.06.09

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バブルに浮かれたニッポンを走り抜けた、ブラザー・コーン最初で最後の自伝

俺が若い頃からずっと言っているのは、遊びには大きなパワーが必要だということ。どこで何をして遊ぶのか、カネはどれぐらいかけるのか……。こういうことを真剣に考えて初めて、本当の遊びは成立すると思う。
「どこか楽しい場所ないかな~」
って遊び場を探す人がたくさんいるけど、どこにいても楽しめちゃうのが本当の遊び人。別に大金をかけなくたって、自分が楽しい人間ならどこにいたって楽しい時間が過ごせる。その意味で俺は、今までの人生で真剣に遊んできた自負がある。
バブル期の日本で、華やかな夜の街・六本木を代表する遊び人として鳴らした男の言葉には、説得力がある。何しろディスコ通いを始めたのは中学生のとき、時代はまだ1960年代末期だったというから、筋金入りだ。
中学3年の頃、転機が訪れた。ある時、俺は先輩に連れられてディスコに足を踏み入れた。記念すべき俺のディスコデビュー。ここから、俺の暇つぶしが教室でのプロレスごっこから、ディスコへと変わっていく。
著者は、あのブラザー・コーン。1983年にブラザー・トムと「バブルガム・ブラザーズ」を結成し、当時の日本では珍しかったブラック・ミュージックのフレーバーを前面に打ち出した音楽デュオとして活動開始。1990年リリースの『WON'T BE LONG』はミリオンセラーの大ヒット曲となった。当時を生きた日本人なら年齢も性別も越えて、いまでも耳に残っているという人は多いだろう。それぐらい、ありとあらゆる場所でこの曲は流れていたし(嘉門達夫の替え歌なども含めて)、バブルガム・ブラザーズの姿もテレビ番組でよく見かけた。でも、その詳しい経歴はあまりよく知られていなかったはずだ。

R&Bからヒップ・ホップへと変遷するブラック・カルチャーを軽やかにまとったミュージシャンでありながら、日本のバラエティ番組慣れした芸能人ムードも同時に兼ね備えていたバブルガム・ブラザーズは、実は2人とも芸人出身の叩き上げのエンターテイナーでもあった。それは、彼らが最初に多大な影響を受けたブルース・ブラザーズが、「白人でありながら黒人気取り」のコメディアンによる本格R&Bバンドだったことにも通じる。パロディ的でもありながら本格的でもある独特の存在がどのようにして生まれたかという経緯も、本書では知ることができる。

ブラザー・コーンこと近藤信秋は、1955年11月生まれの69歳(2025年現在)。名優デンゼル・ワシントンとは1歳違いだ。東京都杉並区高円寺に生まれ、高校生の頃には新宿や六本木のディスコに足繁く通う立派な「遊びの達人」だった。その青春時代は、ほとんどの読者が初めて知る内容ではないだろうか。店ごとに違う定番のダンスを横並びで踊ったり、海外盤レコードを苦労して買い集めたりと、当時の国内ディスコ・カルチャーについての貴重な証言も多い。たとえば、六本木のディスコに乗り込んだときのこんなくだり。
「俺たちは新宿育ちだから、新宿のステップでいこうぜ!」
「そうだよな!」
と言って、新宿のステップで踊っていた。でも、六本木のステップとは違うから、少しずつズレていくんだよね。そうすると、俺たちがいる列全体のステップが乱れるから、
「申し訳ないけど、新宿の人は後ろのほうで踊ってくれる?」
なんて言われたりもしたよ。若かった俺たちはそれに食って掛かって、
「新宿だろうが六本木だろうが、お前らには関係ねぇだろ!」
みたいに言い返すんだ。

(中略)
でもさ、今思うと、みんなで横1列になって右行ったり左行ったり、そんなことでいちいち喧嘩していたのがバカみたいだよね。
その後、酒と麻雀とパーティーに明け暮れる大学生活を経て、近藤はたまたま素人参加番組のロケに遭遇。そこで披露したアントニオ猪木のものまねがウケたことで芸能界デビューし、「あのねのね」の清水国明の弟子として修行を積む。これ以降の下積み時代も、バブルガム時代しか知らない読者にとっては新鮮だ。その後、長きにわたる親交を育む「とんねるず」との出会い、ラジオ番組でのビートたけしとの交流や立ち上げ前の「たけし軍団」に勧誘されたエピソードなども興味深い。

そして、ライブハウスやショーパブでの活動を経て、飲み友達だった芸人・小柳トム(のちのブラザー・トム)とバブルガム・ブラザーズを結成。『WON'T BE LONG』で大ヒットを飛ばす前の活動初期から、新宿のライブハウス「ルイード」を毎ステージ満員にするほどの注目を集めていた。その人気ぶりを示す「追っかけ」とのエピソードもなかなか強烈だ。ミュージシャンならではの逸話とも言えるし、80年代という狂乱の時代を表しているとも言えよう。
打ち上げを終えて深夜にホテルに帰ると、なぜか俺が泊まっているフロアのドアがぜんぶ開いている。そうすると、中から次々と女の子が顔を出して、
「お帰りなさい
(ハートマーク)
「やっと帰ってきた。早く寝ないとね」
なんて話しかけてくる。シャツもスカートもすべて脱いで、下着しか身に着けていないコだっていた。ヨーロッパの“飾り窓”みたいな光景だったよ。嘘だろと思うかもしれないけど、本当にあった話なんだよ。
バブルガム・ブラザーズの代表曲『WON'T BE LONG』は1990年8月にリリースされたが、すぐに大ヒットを飛ばしたわけではなかった。その爆発的人気のきっかけとなったのが、とんねるずが出演していた人気深夜番組『オールナイトフジ』(フジテレビ系)の最終回だったというエピソードも、また劇的である。
最終回には俺も出演していた。スタジオにCDを持ってきていた俺に向かって、
「コンちゃん、あの曲流そうよ!」
って、憲武と貴明が言ってくれて、まず1回、WON'T BE LONGを流したんだよね。そしたら出演者みんな踊り出しちゃって、現場のボルテージはどんどん上がっていった。とんねるずもテンションが上がっているから、
「コンちゃんの曲もう1回流そうよ!」
とスタッフに無茶ぶりをする。
「いいけど、最終回なんだからお前らの曲もかけろよ」
そういう指示を受けて、途中でとんねるずの「雨の西麻布」とかを挟みながらも、放送が終わるまで3回ぐらいWON'T BE LONGを流してくれた。
何かが終わる時に訪れる、新たな始まり――そんなロマンティックな象徴性をまとう1曲ともなった『WON'T BE LONG』は、シンプルで余白を多く含んだ歌詞だからこそ、豊かなイメージをかき立てる。長年苦労をかけたパートナーに「もうすぐさ、とどくまで」と声をかけるラブソングにも聞こえるし、雌伏の時から立ち上がる決意の歌にも聞こえる。現在ではバブル期を代表する曲とも呼ばれているが、イケイケドンドンで狂騒的な時代のイメージとは異なり、むしろセンチメンタルな挫折とともに再起を誓う歌のような印象もある。その感傷的ムードが多くの日本人の心を掴んだのではないだろうか。そして『WON'T BE LONG』というタイトルは、そのまま「こんな繁栄も長くは続かない」というバブル期の終わりの予感もすでにはらんでいたのではないか。

突然のヒットで手にした莫大な富を、惜しげもなく「遊び」に投入していく描写は、著者の少年時代からの歩みを辿ってきた本書の読者にとっては、ごく自然なこととしか思われない。その語り口は、本人の気取りのない人柄同様、狂気の豪遊自慢でも、後悔に満ちた懺悔でもなく、なんともさっぱりしている。素朴と言えるほどの文体と、書かれている内容のギャップが、本書の魅力的な味わいのひとつだ。
中学生の時から夜の街で遊び歩いていたわけだから、WON'T BE LONGがヒットしてからも生活が大きく変わったわけじゃない。ただ、一晩で使う金額は大幅に増えた。江戸っ子じゃないけど、宵越しのカネなんて持たねぇと思っていた。
遊びに行く時は財布を持たないこともあった。ポケットに札束とクレジットカードを突っ込んで、朝7時ぐらいまで遊びまくる。飲み屋で居合わせた知らない客にも奢りまくって、馴染みのクラブではドンペリやクリスタルを開ける。
支払い方法も普通じゃない。その頃、銀座あたりではカードロシアンという遊びが流行っていた。会計の時間になると、テーブルにいる全員がクレジットカードを出す。それを山札にして切ってもらって、女の子に1枚選んでもらうんだ。そして自分のカードが選ばれた人が、テーブルの会計を全額払う。10万や20万ぐらいなら問題ないんだけど、高い酒を開けた日は恐ろしかった。
そんな豪奢な酒とバラの日々も、長くは続かない。バブルは崩壊し、『WON'T BE LONG』以上のヒットはついに出なかった。その後の波乱万丈――活動休止、逮捕、病気療養などの記述は、長い人生にはさまざまな浮き沈みがあることを教えてくれる。だが、それらについても絶頂期同様、飾り気なく率直に語るところに、著者の人間的魅力がひしひしと伝わってくる。

クールで冷静な語りが、ふと熱を帯びる瞬間がある。それはバブルガム・ブラザーズとしての活動、遊びや家族との関係などについて「どれだけ真剣か」を語る場面の数々だ。
この時、俺たちが一番大切にしていたのは、観てくれるお客さんを喜ばせること。二人が衝突した挙句、なんとなく妥協して出演を決めるぐらいだったら、離れ離れになってもお互いがやりたいことを追求したほうがいい。俺たちはショーパブの出身だから、ステージでは歌だけではなくてエンターテインメントの部分も重視していた。どうやってトムに接すればお客さんが笑ってくれるのか、トムがボケたら俺はどう突っ込むのかと、ずっと考えてきたんだ。
バブル期のとんでもない豪遊ぶりや、人気者たちに囲まれたきらびやかな交友関係に憧れて、本書を手に取る人は少なくないだろう。だが、最も読者の記憶に残るのは、そういう「ザ・芸能人」的な生きざまではない。遊びにも仕事にも、真剣さを貫くところは貫き、頑張りたい時には常に全力投球してきた男が、その稀有なパーソナリティで多くの人々を惹きつけてきた軌跡である。その道はいまも、未来に向かって伸び続けている。

著者曰く「最初で最後の自伝」とのことだが、もっと語れる内容は山ほど残っているはずだ。バブルガム・ブラザーズ主演映画『中指姫 俺たちゃどうなる?』(1993)の話や、アニメ『サウスパーク』(1997~)でアイザック・ヘイズが声を担当したシェフ役の吹替をつとめた話なども加えた続刊も、待ち望んでやまない。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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