実用書以上のなにかをあなたに
さて、今回紹介するのは喜寿(77歳)を迎えられた泉ピン子さんの本である。これが大変に面白くて、興味が湧いて、ついにはSpotifyで1曲だけ聴ける『駄目な時ゃダメさ』をヘビロテする昨今である(マジ名曲!)。よって以下、ピン子先生と呼ばせていただく。
本書は“「ピンチを福に転じる」思考法”なんていう、ちょっと実用書っぽいサブタイトルも付いているし、ピン子先生も「はじめに」でこう書いておられる。
私の拙(つたな)い経験でも、
もしかしたらピンチに直面している誰かの励みになるかもしれない。
年齢問わず、今がピンチだと感じる人に
手にとっていただけたら嬉しいです。
一般人が簡単にピン子先生の生き方を真似られると思ってはならない!
あなたのピンチなど、ピン子先生の苦労の前では、風呂桶を跨(また)ぐようなもの!
たとえば第1章の冒頭「私はなぜ終活をやめたのか」で、歳も取ったので、そろそろ自分の身辺を整理しようと思ったピン子先生。クローゼットのブランドものや宝石類を映像に残すのも良いかと思ってテレビの取材を受ける。
そうしたら、あろうことか、私の元にいろんなところから手紙が送られてきました。「ぜひ、そのブランドバッグや宝飾品の数々を私にお譲りください。それを売って借金の返済に回そうと思います」って。冗談じゃないわよ! なんで見ず知らずの人に、私が汗水垂らして働いたお金で買った思い出の品々をあげなきゃならないのよ! それを売って借金を返そうなんて図々しいにも程がある! ……でも、そういう人たちって神経が極太で、恥も外聞もないものだから、「譲ってくださるまで、手紙を出し続けます」ってしつこいんです。それも、一人じゃなくて、何人もの人が似たような手紙を寄越すんだから……。
ピン子先生が終活をやめた理由がもうひとつある。
熱海で生活を始めて買い物するのも一苦労のピン子先生。歳をとり家事も億劫になって、料理を作る気にならない。それでお気に入り銘柄のリンゴを、一日6個とか食べていたら、栄養失調になってしまった!
終活なんてものに勤しむエネルギーがあったら、まず自分の体を大事にする方を優先すべきだと思った
そして夫との土曜のディナーは、レタスたっぷりの豚しゃぶ一択になったそうである。
なにか、どこかで理屈が破綻している気がするのだが、これでいいのだ。喜寿を迎えた人間が、怒り、好きなものを食って、自分に素直に生きてなにが悪い。が、「レタスのほかに、ほうれん草も加えてください」と願う自分がいる。
ピンからキリまでの生き方
私の芸名の“泉ピン子”は、大好きな父がつけてくれたものです。「今はこの名前ヘンだけどな、いいかぁ、売れてきてみろ。絶対によくなる」と力説していました。“泉”という苗字は、この名前で大成した芸人がいないからと、敢えての挑戦。ピン子のピンには、“ピン(最上)からキリ(最低)まで”のピンの意味が込められています。
そうしたら、ウチの父親が喜んで喜んで(笑)。「お前、なかなか1位なんてとれないんだぞ、美空ひばりより上だぞ」と。内心、「そういう褒め方あるかな?」って思ったけど、父は何があっても私の味方なんだって、そこは心強く思えました。
でも、今度生まれ変わったらやめる。どんなにムカつく相手の前でも、ニコニコしてみせるわ(笑)。
これほどの強い開き直り、割り切り方に清々しさを感じないだろうか。これこそがピン子先生、最大の魅力である。
周りに敵が多い人、バッシングされやすい人は、そんなことでいちいち傷ついていたら時間の無駄です。百人の敵よりも、大切なのは一人の理解者。みんなに好かれようなんて思わなくていいから、夫でも恋人でも友人でも、自分のことを本当にわかってくれて、対等の立場で気持ちをぶつけられる人を見つけて、その人のことを大事にすればいい。
そんなピン子先生を支えた数々のビッグネームの方々との交遊録も、この本の読みどころである。橋田壽賀子、杉村春子、森光子に西田敏行。西田敏行と高級しゃぶしゃぶを食べに行った話とか、ピン子先生の“推し”である矢沢永吉がお隣さんだった話とか、めっちゃくちゃ面白いので絶対に読んでほしい。あと、この本に収められているピン子先生の日常やコレクションの写真について、ぜひ言っておきたいことがある。
ピン子先生のメガネのセンスはピカイチである。同じメガネ者として心からリスペクトしかない。最高。