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2025.02.07

レビュー

マドンナ、スティング、ボン・ジョヴィ……来日公演を実現させた「呼び屋」の興行裏面史!

「呼び屋」とは、日本で海外アーティストのコンサート・ライブを企画、実行するプロモーターのこと。アーティストとの契約、会場の手配、チケット販売、来日時のケア、当日の運営統括、開催後の決算など、その業務は多岐にわたる。もちろん各パートは分業化されているが、その興行全体を取り仕切る中心的存在となるのが「呼び屋」だ。

音楽ファンでなくとも、著者の名前と、彼が代表をつとめるザックプロモーションの名前は、一度はどこかで見聞きしたことがあるかもしれない。マドンナ、スティング、ジョン・ボン・ジョヴィ、クイーンといったスーパースターの来日公演を実現し、ロックやポップスのみならずクラシック、オペラ、韓流に至るまで、ありとあらゆる多彩なジャンルを手がけた興行師だ。そんな人物が赤裸々に語る波瀾万丈の一代記が、面白くならないわけがない。

コンサートのプロだけあって、目次を見るとまるで人気アーティストの鉄板セットリストのようだ。誰もが盛り上がれるポップチューンに始まり、バンドの起源に触れるような初期作、知る人ぞ知るカルトな人気曲、物議を醸した問題作、知られざるバックストーリーを込めた思い入れたっぷりの一曲などをバランスよく散りばめたような見出しが並んでいる。

著者が本格的に第一線の「呼び屋」として活動した80~90年代のエピソードは、まるでバブル時代を舞台にした冒険小説のようだ。特に、1984年にマドンナの初来日公演を成功させるくだりは、第1章にもってくるだけあって無類に面白い。著者の「仕掛け人」としての手腕も活き活きと記されている。
もうあとがありませんでした。勝田さんから、「これがラストチャンスだ。ダメなら諦めろ」と言われ、ある日、赤坂の料亭に呼び出されました。今度の候補は三菱電機です。料亭で、電通幹部と三菱電機の会長が会うことになっていたのです。僕にはちょっとした策がありました。前もって、芸者衆に頼んでおいて、マドンナを褒めてくれるように仕込んでおいたのです。それで、会食中、芸者さんたちが口々に「マドンナ来ますの? チケット取って」と言ってくれました。その会長はマドンナなんて知らなかったのですが、「そんなに凄いのか?」と驚いていました。それでその場でマドンナのCM出演を即決してくれたのです。
バイオグラフィーとしての面白さもあり、爽快なまでにあけすけな業界裏話としても楽しめる。表舞台に立つスターたちに対して、文字どおり「裏方」に徹する職業なので、ディテール豊かに語られる仕事内容に新鮮な発見や驚きを覚える人も多いだろう。このサービス精神たっぷりの内容から浮かび上がるのは、若い頃から巨大な金額を動かしてきた人間ならではの思い切りのよさと、一見それとは相反しそうな、飾らない素直な人柄である。少なくとも、そう感じさせる魅力的な話術がある。

70年代には茨城県水戸市のレコードショップ「SOUNDS」の店長を務めながら、吉田拓郎やキャロルといった国内アーティストのコンサートを水戸市内で主催していた著者は、34歳のときに東京進出。しかし、それは音楽業界に食い込もうという野心ではなく、税理士になるために上京したというのが意外だ。詳しくは本書を読んでほしいが、まるで運命のように(とは決して自ら書かないが)呼び屋としての道を歩み始める経緯も面白い。
レコード店をやっていましたし、国内アーティストの「呼び屋」もしていたので、音楽はよく聴いていました。仕事ですから当然ですね。(中略)ただし、やはり音楽は趣味で聴くものです。ビジネスになったら、「売れるか、売れないか」を基準として観たり聴いたりするようになりますから、「楽しいとか楽しくない」ではなくなるんですよ。売れなかったら大損ですからね。それでも、ブルース・スプリングスティーンとかホール&オーツ、ジョージ・マイケルなんかは好きでした。
「趣味とビジネスを混同しない」「それでも音楽が好き」という両方のマインドを自然に両立できる人間だからこそ、数々の実績を残すことができたのだろうということが、読み進めるうちにわかってくる。豊富な体験談に溢れたビジネス書としても、本書は読者に多くの学びをもたらすはずだ。そして、身も凍るような失敗談や大打撃も、惜しみなく語られる。
ホイットニー・ヒューストンの招聘では、600万ドルの契約で前金として半分を入れていました。東京ドーム、大阪、福岡で公演する予定で、会場を押さえました。ところがそこへ携帯電話に連絡が来ました。「ハワイにいたホイットニー・ヒューストンが、大麻で逮捕された!」と。僕は思わず「ホントにヒューストン?」と聞き返したくらいです。
「あ、こういう人だから大仕事をやってのけられるんだろうな」と、いろいろな意味で痛感するようなエピソードだ。ほかにも「キョードー東京」や「ウドー音楽事務所」といった業界大手のライバルとの火花散る契約合戦や、日本で初めてコンサート・チケットのクレジット決済を採用した逸話など、読みどころを挙げていけばキリがない。率直な筆致で明かされる裏話には、なかなか強烈な内容も含まれているので、音楽ファンには心の準備が要るかもしれない。

さらに、インディペンデント気質の人間の多くがそうであるように、組織内での孤立も味わう。1987年に西武百貨店事業部部長に就任した著者が、理不尽な忖度や圧力にたびたび遭遇し、ついに独立の決意を固める顛末は、なんとも劇的だ。しかも、ローリング・ストーンズの来日公演という大事業の実現を目前にして。
ところが、真夜中に高丘会長から電話がかかってきて、「明日サインするな!」「サインしたらセゾングループは君を特別背任で訴える」と脅されたのです。「ひと晩考えさせてください」と答えたら「考える必要ない」と。それともうひとつ、僕はニューヨークに行くときに、ファーストクラスに乗りました。このとき、ばったりグループの西洋環境開発の常務と顔を合わせていました。このことも問題になっていたらしいのです。
このニューヨーク行きの飛行機代は、著者が自腹で払ったものだったという(だからどんな席種であろうと文句を言われる筋合いはない、ということになる)。結局、著者は西武とは縁を切ることになるが、それはそれとして、ここでセゾングループを破綻に導いたといわれる悪名高き西洋環境開発の名が出てくるところに、ノンフィクション好きは思わずグッときてしまうだろう。

後年、著者は映画プロデューサーとしても『M』『転々』(ともに2007年)などの作品を手がけているが、それ以前に1年間だけボディソニック(オメガ・プロジェクト、伊豆シャボテンリゾートなど何度も社名は変わっている)の社長を務めていたという記述には驚いた。「正直、映画制作はそれほど儲かる仕事ではありません」と明言する著者の冷静な分析も、映画関係者なら読んでおきたいところである。

何度も痛い目に遭いながらも「面白いこと」「新しいこと」そして「商機」を見つけたら動き出さずにいられない著者の姿を、商売人の鑑と見るか、ギャンブラーと見るかは読者次第だ。しかし、その衰え知らずのエネルギーには、憧れを抱かずにいられないのではないか。

2000年代には、神話(シンファ)を皮切りに韓流アイドルの公演も手がけ、ブームの先鞭をつけるが、著者は「振り返ってみれば、80年代から90年代にかけての仕事が一番面白かった」と言ってはばからない。その後、音楽業界はどんな変化を遂げたのか、それがどんな状況を招いたのか。プロの「呼び屋」の視点から見た現在の業界の光景を垣間見せて、本書は幕を閉じる。その深い余韻は、次のアルバム=新著を大いに期待させるものでもある。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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