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2025.01.21

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テレビ史上初めて裏番組が紅白歌合戦に勝った2003年大晦日の4分間! 日本格闘技界の一番長い日

21年前、奇跡の大晦日

2003年12月31日の大晦日、紅白歌合戦の裏番組として3つの格闘技イベントがテレビ放送された。
『INOKI BOM-BA-YE 2003~馬鹿になれ夢をもて~』(日本テレビ)
『PRIDE SPECIAL 男祭り2003』(フジテレビ)
『K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!』(TBS)
あの夜は、日本の格闘技熱が沸点に達した一夜だった。紅白歌合戦の人気歌手の出番とKOシーンを見逃すまいと、チャンネルをザッピングしたあの大晦日から21年。崩れるように倒れた曙の姿に「なにか残酷なものを見てしまった」という思いが未だ鮮明で、もうそんなに時間が経ったと思えない。まさにあの瞬間、紅白歌合戦の視聴率が裏番組に抜かれるというテレビ史に残る奇跡が起こる。本書は、多くの関係者の証言と当時の報道、事実関係を丁寧に積み重ね「あの熱狂の時間がいかに生まれたのか?」「あのテレビ放送、興行の裏側がどんなものだったのか?」をつまびらかにする。当時の記憶を掘り起こしながら読む本書は面白すぎて、寝る時間が確実に削られる。そこんとこ、覚悟してほしい。

その奇跡の大晦日から2年前のこと。
2001年12月31日は、歌番組、ドラマ、アニメ、バラエティ、情報番組で占められてきた大晦日のテレビ戦争に、初めて格闘技中継が参入した記念すべき日である。
タイトルは『INOKI BOM-BA-YE 2001』、通称「猪木祭」、テーマは「猪木軍対K-1軍」。
TBSはこの格闘技中継で14.9%という高い視聴率を得る。
「格闘技は数字(視聴率)を持っている」──多くの業界人が目を見張った。テレビがCMによる広告収入で賄われている以上、彼らの関心が視聴率に向くのは当然だからだ。
前代未聞の大混乱を引き起こした「2003年大晦日興行戦争」はここから始まった。
すでにK-1、PRIDEによる格闘技ブームは十分に熟成され、ここにきて視聴率がとれるコンテンツとして認知されるとフジテレビ、TBS、日本テレビの放送権獲得を巡る動きが活発になる。それに応えるようにK-1を率いる石井和義館長やPRIDEを運営する株式会社DSEは、抜群のプロデュース能力と調整能力で次々と興行を成功。そうした成功に有象無象の人間が引き寄せられ、さらに輝きを増すのが「興行」というものの不思議である。

圧倒的なカリスマ性で格闘技界の中心で神輿(みこし)に担ぎ挙げられるアントニオ猪木。
そのアントニオ猪木の後見人を自認し、自ら神輿を担ごうとする大手芸能プロダクション社長の川村達夫。
その川村達夫の高校の先輩にして「俺こそ猪木の後見人」を自認する、PRIDEの怪人こと百瀬博教。
脱税により石井和義館長が逮捕され、意図せずK-1を率いることになった格闘技評論家の谷川貞治。
森下直人社長の突然の死によりPRIDEを引き継ぎ、プロデューサーとしての才能を開花させる榊原信行。
病院の遺体運搬係からその巨漢を活かしてK-1で頭角を表し、時代の寵児となったボブ・サップ。
そのボブ・サップをリングに沈めて格闘技界のトップに立ったミルコ・クロコップ。
川村達夫の後輩にして、ミルコ・クロコップのマネージメント権を武器に日本テレビと組んだ川又誠矢。

こうした人々が入り乱れて、2003年の大晦日にたどり着く。
その人物相関を図にまとめるとこうなる。
(C)岡孝治
ここにいたるまでの道程で、スター選手の引き抜き、取り合い、吊り上がるギャラ交渉、さらには裏社会の人間たちの介入……と、想像しうるありとあらゆる混乱が繰り広げられることになる。それこそ、試合開始時間ギリギリまで「ゴングがない」と関係者一同が青ざめる、漫画のような事態まで起きるのだ。

寸止めマイク・タイソン

本書を読みながら、2003年の大晦日に視聴者が望んだものを考える。それは「一番強い男を見たい」ということだったのではないか? その要望に応えようと、対戦カードに何度も名前が上がっては消えるのがマイク・タイソンだ。当時のタイソンは破産状態で、それをチャンスと日本のありとあらゆる団体がアプローチをかけては失敗していた。しかしK-1の谷川貞治がその状況を打破し、マネージメント契約にこぎ着けていた。

ラスベガスで代理人を名乗る怪しい男に「3万ドル用意しろ」と言われて小切手を切ると……、
「びっくりしました。『まずいよ、本当に来ちゃった』って。いきなり、試合の話をしてもまとまるわけがないので『日本とアジアでのマネージメントをやらせて欲しい』って言ったら『いいよ』ってあっさりOK。『タイソンにしては安い』って思って、すぐ、30万ドル(日本円で約3500万円)の小切手を渡しました」
実はこの契約が二重契約だったことが後に発覚するのだが、もう一方の契約企業がパチンコ・パチスロの卸会社「フィールズ」。これが縁でフィールズがK-1の冠スポンサーとなったという話もシビレる。

ただタイソンには多くの犯罪歴があり、来日ビザが下りない。谷川は何人もの政治家に会って努力するのだが、こういう話があったという。
「小泉総理に頼んでみましょうか」と具申したのは角田信朗である。「知り合いなんですか」と谷川が驚くと「こないだ『桜を見る会』で会ったので、面識だけはあるんです」と言う。「是非、お願いします」と懇願するも、梨の礫に終わった。
この貪欲さには感動すら覚える。もしこのとき、すべてが好転し「マイク・タイソン対ボブ・サップ」というカードが実現していたら、大晦日は「NHK対TBS」という違う構図になっていたはずだ。

この夢のカードが潰えて次に切られたカードが、曙である。大横綱でありながら、相撲協会ではまだ新人親方としてチケットを売り捌く日々の曙。谷川貞治は彼をリングに上げるため、人たらしの天才・石井和義に口説かせる。
「大相撲の大横綱として一時代を築いた曙関が、格闘技でも大横綱になる日が来ました」
「格闘技は勝てば勝つほどファイトマネーが上がっていきます。大相撲と桁が違う。億? そんなもんやない。10億、20億ですよ。手始めにボブ・サップをぶっ飛ばして、衝撃のデビューを飾りましょう。(中略)来年の『K-1 WORLDトーナメント』は横綱で決まりちゃうかな。誰も勝たれへん。楽しみやわあ」
そして石井和義は、曙が売り捌かなければいけないチケットをすべて買い取るのである。言葉と金が人間を丸呑みにして、人々の「一番強い男を見たい」という欲望を叶えていく。その残酷なまでの姿を、この本は浮き彫りにしていく。

本書はK-1の石井和義と谷川貞治を中心に多くの関係者の証言を集め、できうるかぎり詳細に、偏ることなくフラットに、あの年の大晦日の全体像を描き出そうとしている。ただ証言を得られなかった重要人物の存在(特に榊原信行氏と川又誠矢氏)もあり、この429ページに及ぶ本書ですら、あの夜の奇跡の一側面なのだ。そして、すべてが明らかになっていないがゆえに、奇跡は奇跡であり続ける。そもそも、あの奇跡は「2003年12月31日午後11時0分から4分間、曙太郎対ボブ・サップ戦の視聴率が紅白歌合戦のそれを上回った」というレベルのものだったのか? それ以上の、なにか違う奇跡が、あの4分間に起きたのではないか?
「一番強い男を見たい」
「一番強い男を決めるマッチメイクをしたい」
「一番の視聴率をとりたい」
という欲望が交差した4分間。
それは神様も起こしようのない、人のみがなせる奇跡だったことをこの本は証明している。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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