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2023.09.28

レビュー

乱立するパロディ宗教、科学風味の創造論──宗教と科学の戦争、淘汰されるのはどっちだ?

表紙の「異形」に目を惹かれた。うねうねとした触手と、不自然に飛び出た両目。当初は架空の神話として知られる「クトゥルフ」に登場する神の一種かとも思ったが、それにしては迫力に欠け、どこかユーモラスにも見える。これはいったい、なんの生き物なんだろう……?

その正体は本書の第1章と第3章にて明かされる。だが、まずは本題からご紹介しよう。副題にもある通り、テーマは「宗教と科学の戦い」である。中でも、一つの宗教をベースに起きている「対立」を取り上げる。

本書が注目するのは、二〇〇〇年代以降の欧米で激しく展開されるようになったキリスト教陣営と反キリスト教陣営の戦いである。それぞれの陣営の最も過激な人々は創造論者と無神論者と呼ばれる。

現在、世界には20億人以上のキリスト教徒がいるという。それだけ多くの人がいれば、その信仰のあり方も千差万別。全員が熱心な信者とは限らない。ただ共通項があるとすれば、それは著者曰く「世界の必然性と計画性を受け入れ」た人々であり、「宇宙は目的を持って創られ、自分が生まれたことも含めて世界には意味があるという信念」を基盤とする点にある。

そして最も強く神の実在と全能を信じ、聖書の絶対性を主張するのが創造論者(クリエイショニスト)である。
(中略)創造論者にとって、聖書は神の言葉が記された唯一無二の書だ。聖書に一切の誤りや矛盾はない。

他方、著者は無神論者を「神の実在を否定する人々」として、こう定義する。

無神論者は宗教が生き方や考え方の指針になること、とりわけ宗教が社会の意思決定に関わることを嫌悪する。何千年もの昔に人間が作った文書に、なぜ今さら権威を認めるのか。
(中略)そして、無神論者は科学の重要性を訴える。

信心のない身としては、後者の主張の方がまだ馴染みのある考え方に思われる。しかしそれは少数派に属するそうで、「宗教を明確に否定する無神論者はごく少数」「日本人には想像しにくいのが無神論者への偏見」「世界的には無神論者に負の烙印(らくいん)が押される」といった海外の現状が挙げられていた。その上で、

無神論者にとって創造論者との戦いとは、数や環境の上で圧倒的に不利な敵地戦なのである。

ことが示される。ではどうして無神論者は、そんな無謀な戦いに身を投じるのか。互いにとって戦いの目的は何で、それは現実としてどういう問題へと繋がっているのか。本書ではそれらへの答えとともに、現代宗教が直面している課題や、法廷闘争をはじめとするこの100年の経緯、そして宗教と科学の今とこれからのありようが、全6章にわたって語られる。

その皮切りとなるのが、表紙に登場していた謎の生物だ。

その本体は二個のミートボールと絡まり合うスパゲッティからできており、上部にカタツムリのような二つの目玉が飛び出している。これを創造主とするのがスパゲッティ・モンスター教会だ。空飛ぶスパゲッティ・モンスター(Flying Spaghetti Monster)は英語ではFSMと略されるが、本書では邦訳された福音書にしたがいスパモンと呼ぼう。

まさかのスパゲッティにミートボール! 完全に予想外の生態で、これを「創造主」などと呼ぶのは気が引ける。だが、その異形と誕生にはれっきとした理由と目的があった。

2005年、アメリカ・カンザス州の教育委員会では、創造論者たちがその一角を占めていた。彼らは「何らかの知的な存在(インテリジェント)がこの世界を設計(デザイン)した」という「インテリジェント・デザイン」(ID)論を唱え、科学の教育基準から進化論を締め出そうと画策。その動きに危機感を抱いたのが、スパモン創設者のボビー・ヘンダーソンである。彼は創造論者たちに対抗するため、見た目からして「明らかなフィクション」とわかるスパモンを作り出し、ID論の採用を狙う人々への牽制として、スパモンを機能させた。毒を以て毒を制すやりように驚くが、これもまた無神論者の戦い方の一つと思えば、その必死さも頷ける。

著者は1979年に東京で生まれた。立命館大学文学部を卒業後、筑波大学大学院人文社会科学研究科哲学・思想専攻を修了した博士(文学)である。専門は宗教学と観光学で、これまでに多数の著書や共編著、共訳書を手がけてきた。現在は北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院の教授を務めている。ちなみに本書では、章や節のタイトルにちょっとした遊び心が感じられる。読みやすい文章とあわせて、著者の好みが推察されるのもまた楽しい。

なお第2章では、1925年にテネシー州で起きた「やらせ裁判」が取り上げられていた。それは町の衰退を憂いた人々により計画された、聖書と進化論を巡る裁判だった。その話題性を利用して町の知名度を上げ、各地から投資や観光を呼び込むのが目的だったというのだから、開いた口がふさがらない。だが裁判自体は大真面目な展開となり、両陣営ともに役者もそろって、世紀のイベントへと昇華されていく。実際の展開も劇的で、結末は本書を読んで知ってほしい。

レビュアー

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田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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