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2023.08.29

レビュー

キリスト教抜きに世界は理解できない。非キリスト教文化圏の日本人のための入門書

物心がついた頃には、キリスト教に触れていた。就学前に通った先が、たまたまキリスト教系の保育を行っていたためだ。朝はチャペルでお祈りから始まり、食事の前には讃美歌を歌った。もちろん季節の行事もいろいろあって、特にイースターやクリスマスは大イベントだった。家族は無宗教だったので、卒園すれば縁もそれまでだったものの、数々の体験は記憶に残った。

長じて高校の授業や大学の講義で宗教としてのキリスト教を知るようになり、自分が触れていたのはほんの一側面に過ぎなかったことを知った。現実の出来事はもとより、小説やマンガ、アニメ、ゲーム、ドラマ、映画といったフィクションを通して、キリスト教由来の固有名詞や文化になじむようになっても、全体像はおぼろげなままだった。

だから本書の冒頭で語られた著者の言葉には、思わず深く頷いてしまった。

私は高校の世界史でキリスト教の成立や宗教改革について学び、大学時代にヨーロッパの文学など少し勉強した時には聖書も買って読んだし、天地創造や十戒やイエスの生涯についての映画もいろいろ観て、キリスト教の歴史のような本にも目を通した。それなのに知識はばらばらで、いいかげんで、歴史の中でも思想史の中でも、キリスト教の文脈は本当に見えていなかったと思う。

その後、フランスへ移り住んだことで「日本の仏教的風土と同じような温度のカトリック的風土を知ることになった」という著者は、比較文化史の専門家でありバロック音楽奏者でもある。東京大学大学院比較文学比較文化修士課程を修了後、同博士課程、パリ大学比較文学博士課程を経て、高等研究所にてカトリック史、エゾテリズム史を修めた。

本書は2002年に選書メチエにて刊行された『知の教科書 キリスト教』に加筆と修正を行い、文庫化されたものだ。大きく4つのパートに分けられた内容は、それぞれ「キリスト教を読む」「キーワードで考えるキリスト教」「三次元で読むキリスト教」「知の道具箱」と題されている。

最初の「キリスト教を読む」では、当時の地理や歴史を踏まえた上で、旧約聖書と新約聖書を書ごとに分けて解説していく。聖書を見たことがあっても中身をきちんと読んだことがなかった私は、その圧倒的なボリュームに驚いた。数えてみると、旧約聖書だけで39巻もある。両書の解説だけで、本書の半分を占めるのも道理といえよう。

「キーワードで考えるキリスト教」もまた興味深い。「天使」や「悪魔」、「クリスマスツリー」といった、現代の私たちの日常にも当たり前に存在する概念が、どういった由来と成り立ちにあるのかを知ることができる。また1947年に発見され、「イエスと同時代のエッセネ派の文書」だと言われる「死海文書」は、その全貌が公開されるまで実に半世紀以上を要したというが、あわせてこんな事実も紹介されている。

まず、旧約聖書の「イザヤ書」の写本がほぼ完全な形で出てきたことが感動を呼んだ。写本というのは、普通どんなに注意して書き写してもエラーが出てくる。長い間には伝言ゲームのように意味が変わってしまうこともあるだろう。しかしこの死海の写本が現存の「イザヤ書」(一〇〇〇年くらい前まで遡ることができる)と一致していたことで、人々は聖書の正統性と、写本にかけた人々の信仰の深さに感動したわけだ。

2000年の時を超えて開かれた宝箱、とでも言おうか。その事実に最初に気づいた人は、本当に驚いたことだろう。古の人が、その信じた言葉を残そうと努めた力の結晶は、長い時を経て私たちの手元に正しく届いたのだ。

膨大な情報量に圧倒される本書。だがタイトルにある通り、まずはこの扉を開けて「入門」するのが肝心かもしれない。文庫という手に取りやすい形になった今回をきっかけとして、手に取ってみてほしい。

レビュアー

田中香織 イメージ
田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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