「ひとときの水」はどこから来て、どこへ行く?
「湯水のように使う」なんて言葉があって、実際に水をじゃぶじゃぶ使っているけれど、わたしたちが触れている水はそもそもどこから来たのか? 浄水場? うん、社会科の授業で習ったよね、じゃあその前はどこにいたんだろう?
『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』はそんな問いかけから始まる。自由研究の手がかりがたくさんある本だ(いろんな切り口が見つかるはずです)。小学校の高学年あたりから一人で読めるように、やわらかく平易な言葉で書かれ、各章の終わりには簡潔な「まとめ」がある。
でも大人の好奇心もくすぐる本だ。昨今よく耳にするSDGsの取り組みもわかりやすく理解できる。たとえばこんな言葉に私はクラッとくる。
姿を変えながら地球上をめぐる水を、途中のひととき、わたしたちは飲んだり、いろいろなものを洗ったり、流したり、さまざまな場面で使わせてもらっています。わたしたちが使った水も、かならずまたわたしたちのもとをはなれてふたたび水の旅に出ていきます。
そうか、お風呂の栓が抜かれて下水処理場に向かったあとも水は旅を続ける。理屈ではわかっていたけれど、あらためてイメージしてみると水は「私のもの」ではないんだよなあ。
こうしてちょっと背筋が伸びたタイミングで水がめぐる旅を見てみよう。
図解がわかりやすくてかわいい。さらにもう一歩進んでみると、この本の主役があらわれる。
貯めて使えれば日々欠かせない大切な水ですが、反対に川の氾濫(はんらん)や土砂災害を起こすときにはおそろしく破壊的になる水──。雨や雪の降り方を人間がコントロールすることはできませんが、命をつなぐ面と破壊をもたらす面という、相反する二つの水の顔に、大きな影響を持つ存在が、じつはあります。
森です。
本書は、よい地下水を守るために森をつくる活動を続けている人たちの取り組みを軸に、水と森とのつながりを紹介する。と、サラッと書いたが、もう山あり谷あり。知恵と科学と情熱がつまっている。
水のための森、ふかふかの土
飲料会社のサントリーにとって、良質な地下水は会社の生命線でもある。では地下水を守るために何をすればよいか。2000年頃からスタートし、現在も継続しておこなわれている「サントリー天然水の森」事業の内容を本書はていねいに取材している。
「水のために森をつくろう!」といっても、どういう森が水のためになるの? 地下水が育まれるメカニズムをできるだけ明確にすることからこの事業は始まる(これは会社の事業だから、実行して達成したことを検証して、社内外の人に説明する責任があります。その点からもメカニズムを知ることは大切なんですよね)。
日本の森は、日本の産業の歴史やエネルギー事情と深く結びついてきた。
森が国土の7割近く、つまり3分の2もある日本で、そのうちの約4割が人工林です。そして、その多くが間伐不足による「混みすぎて不健全」な状態でした。(中略)
そういう人工林では、林床(りんしょう)にはさらに光が届きません。その結果、植えた木以外の植物が生えません。地面がむき出しだったり、針葉樹の落ち葉だけが広がっていたりする状態になっています。このように間伐不足は、木そのものにとっても、森にとっても不健全な状態をもたらします。
人工林は木材のために作られた森だ。間伐などの手入れが続けば、木材のための森として機能するが、放置された森はやがて不健全な森になる。そんな森を「水のための森」にする試行錯誤がたくさん語られている。
とくに天然水の森チームがこだわったのが「ふかふかの土」だ。雨として森に降り注いだ水をろ過するのは土の仕事。水をたくわえ、地下にみちびいていく。その土を守るのがミミズや菌などの微生物たちだ。彼らは毎年入れ替わる木の細い根っこも分解する。
人気者とは言いがたいミミズやフンコロガシやたくさんの微生物からなる分解者たち。でも、その小さな生き物たちの働きが団子状の土をつくります。そして、団子状の土が水をたくわえたりはなしたりしながら、団子の中や周囲にいる微生物たちが汚染物質も取り除く、という大活躍をしているわけです。
見つけると「うわぁ」とのけぞってしまうけれど、ミミズは、あの澄み切ったおいしい水を育む鍵だったのね、ありがとう……。
シカは怖い!
森づくりの大変さや、人間と自然との関わり方も本書は描いている。森には、その健康を脅かす怖い存在が二つあるのだ。
森でも野生動物による被害はあって、いま最も大きな被害を起こしているのが、シカなのです。被害というのは、森の植物を食べつくすことです。(中略)
植林された苗木(なえぎ)は、シカのごちそうです。肥料をあたえられているせいか、自然に生えてきたものよりも、やわらかくて味がいいようです。シカに答えてもらったわけではないので、本当かどうかはわかりません。とにかく、植えた苗木がまっさきに食べられます。
植えた苗木を食べられちゃったら、いつまで経っても森はつくれない。このシカの食べっぷりを証明する写真を見て仰天した。シカ食べすぎ! さらに、シカには食害をはるかに超えるリスクがある。だからシカ対策が必要になる。
もうひとつ、意外な「森の敵」がいる。こちらも脅威だった。すさまじい。そして対策がおもしろいので、その脅威がありそうな山に行くときは、ぜひ観察してみようと思う。
シカとの攻防といい、ふかふかの土づくりといい、森をつくるというのは人間が自然に働きかける行為だ。手を引くのではなく、積極的に関わっている。なぜ働きかけるかというと、今のままでは人間の生活もやがて続かなくなるからだ。本書は「環境を守って育てる」とは人間にとってどういうことなのかを、いろんな視点から考える本でもある。
わたしたちが毎日なにげなく飲むコップ一杯のおいしい水と森の土との結びつきをイメージしながら、ゆっくり読んでほしい。たくさんの発見があるはずだ。
イラスト:ててい
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori