生き物のすばらしさに学ぶ「バイオミメティクス」の世界
理科や科学のおもしろさのひとつは、いろんな世界がくっつくところにあると思う。目の前の壁と顕微鏡で見える世界がくっついたり、自分の日常と遠い未来がくっついたり。
児童文学シリーズ「おはなしサイエンス」は、そんな科学のおもしろさを、子どもの世界にきれいに重ねて描く。わたしたちの世界と科学の世界は、ちゃんと地続きなのだとわかる見晴らしのいい作品集だ。とても楽しい。
さて、そんな「おはなしサイエンス」シリーズの仲間である『おはなしサイエンス バイオミメティクス(生物模倣技術) マンボウ、空を飛ぶ』の「バイオミメティクス」とは、生き物にヒントを得た技術のこと。生き物のビックリするような能力をマネして、いろんな技術が生まれているのだという。
バイオミメティクスは、すでにわたしたちの日常に取り入れられている。たとえば、音をなるべく立てずに魚を捕まえるカワセミのくちばしは、騒音を抑えた新幹線500系の先頭車両のフォルムのお手本だ。
本作でバイオミメティクスに出合うのは、虫好きの小学生・“照太”。私はこの照太のことが大好きだ。彼の言葉の端々(はしばし)から生き物へのまっすぐな愛を感じる。たとえば幼なじみでお隣さんの“華”と虫についておしゃべりをしているとき、彼(そして本書)のスタンスがよくわかる。
「虫あんまりすきじゃないけど、人間の役に立ってくれるならありがたいなって」
この言葉を聞いた照太は、自分の中で渦巻くなんとも複雑な気持ちを吐き出す。
「なんかそのいい方がさぁ、もやもやする」
「なんでよぅ」
「人間の役に立つのがいい生きものってことは、役に立たないのはダメな生き物って意味だろ? なんで人間が基準なんだよ」
「照太ってめんどくさーい」
華ちゃん、たしかに彼はめんどくさい。でも私は生き物を代表して「よく言ってくれた照太」と思ったよ。こんな生き物大好き少年の照太は「バイオミメティクス」の世界に夢中になる。何が彼の心に刺さったのか? 生き物のすばらしい姿をお手本にして技術を生み出すリスペクトの姿勢に、彼はグッときたのだ。
カタツムリすげー
照太と華は、ある日近所のお菓子屋さんの真っ白な壁に目を留める。学校の白い壁はすすけて汚れてしまうけれど、このお菓子屋さんの壁はいつも真っ白でピカピカ。なんで? お菓子屋さんのオーナーで人気パティシエの“井堀さん”はこう教えてくれる。
「ああ、なるほど。たぶんその校舎のかべとは作り方がちがうんだよ。リフォームするときに特殊な加工にしてくれたんだ。たしか、カタツムリにヒントを得て作ったかべなんだってさ。建設会社の人がいってたよ」
虫が大好きな照太には聞き流せない情報だ。なお、このあと照太は「カタツムリは昆虫ではない」という解説を華にたっぷり語って聞かせる。こんなさりげない理科ネタが「おはなしサイエンス」らしくて私は好きだ。
照太の興奮っぷりに圧倒されたパティシエの井堀さんは、建設会社の“立川さん”を紹介してくれる。立川さんいわく「カタツムリの殻はいつもきれい」で、そこからヒントを得て壁の特殊加工が生まれたのだという。カタツムリの殻ってどうなってる?
「カタツムリの殻の表面は、キチン質というものでできているんだが、それはとても水と相性がいいので、いつも表面をうっすら水がおおっている状態になる」
「へえ」
「細かい線がいっぱいあるおかげで、水がよりたまりやすくなるわけだね、溝の部分に」
「ああ、そうか」
照太はカタツムリの入ったケースに顔を近付けた。
そう、照太はカタツムリを捕まえて、そのカタツムリと華と一緒に立川さんの話を聞いているのだ。
チャーミング! そしてカタツムリを同席させることで、こういった展開になる。
観察しているぶんには、よくわからない。水滴がついているわけではないから、水におおわれている感じはしなかった。といって、からんからんにかわいているようにも見えない。
私も「カタツムリってそんなにずっと濡れてたっけ?」と気になったところだったから、この描写がとてもありがたい。ナイス照太。そんなカタツムリの殻をマネて生まれたのが、いつもきれいな壁だ。
こうして本書のテーマ「バイオミメティクス」を目の当たりにした照太は、すこぶる感動して「すげー!」を連呼する。
「すげー。それでこの店は、いつだって真っ白なんだ」
照太はかべをそっとさわった。
「生き物にヒントをもらって、新しい技術を作る。それをバイオミメティクスっていうんだよ。日本語でいうと、生物模倣技術だね。虫は、すばらしい能力を持っているから、たくさん学ぶことがあるんだよ」
目の前の真っ白な壁は、バイオミメティクスのおかげでいつもきれい。
「虫のすばらしさに学ぶ。すげー。役に立つとかじゃなくて、そういう尊敬の言葉がうれしい。立川さん、虫を代表してお礼をいいます」
照太がいうと、華が合いの手を入れてくる。
「虫を代表! 照太が人間なのって仮の姿だったのかっ」
自分が虫になるなら、何がいいかな、と照太は想像をめぐらせた。
いい感じの突っ込みを入れる華にも大好きな生き物がいる。マンボウだ。そしてマンボウは最先端のバイオミメティクスでお手本にされている。
マンボウが飛行機のお手本に?
華のマンボウ好きはクラスでからかいのネタにされている。おとぼけ顔のマンボウについてあることないこといっぱい言われ、揚げ句「残念な魚」なんて笑われて、心を痛めている。
本書には、実用化された「いつもきれいな壁」のバイオミメティクスなどと一緒に、今まさに研究中のバイオミメティクスも登場する。たとえば玉虫のように輝くキレイなチョコレート。そしてマンボウのような飛行機。マンボウは、2050年の飛行機のお手本なのだ。
華と照太は2050年の技術を予測する展示会「未来ディスカバリー展」でマンボウと対面する。
「な、何これ!」
今まで見ていた飛行機とまったくちがう。マンボウを横だおしにして、さらに平べったくしたような感じ。
「ぺたんこでほっそりしてる。お腹をすかせたマンボウかな~」
かっこいい!
でもなぜマンボウ? 実は今の飛行機はこれ以上改良する余地がないくらい進化している。だから飛行機をさらに進化させるには、今の形では無理なのではないか、ならば挿絵のような平べったい飛行機はどうだろうか、と考えられてるのだ。
華と照太は、偶然出会った日本宇宙先端事業団の研究者・“赤星先生”に、マンボウ飛行機の構想を教えてもらうことに。未来の飛行機の課題は「重さ」だ。今のままじゃ重くて飛べない。
「内部の構造をむだなく作ることで、軽量化したいと考えて、この飛行機と骨格が似ている生き物を探して、ヒントをもらうことにしたんだ」
「最初からマンボウを選んだの?」
華が聞くと、赤星先生は首を横にふった。
「実は、最初は鳥を考えたけれど、あまり新しいアイデアは得られなくてね。じゃあ、エイはどうだろう、と思った」(中略)
「でもエイの骨はやわらかくて、体全体をしならせて前に進むから、飛行機には不向きだった」(中略)
「それでマンボウはどうだろう! とひらめいたんだ」
赤星先生いわく、マンボウの骨格をとりこんでAIが設計をした飛行機は、人間の理論では想像もつかないような設計なのだという。この「人間の理論では想像もつかない」ところに私はしびれる。人間の想像を超えた仕組みを、マンボウはすでに備えている。生き物ってやっぱりすごいよ。マンボウは残念な魚なんかじゃないし、ダメな生き物なんていない。生き物に教えを乞う場面はいっぱいあるのだ。華ちゃんも大喜びだし、照太も「すげー」と感動する。
地球上のいろんな生き物をリスペクトする気持ちが育つ本だ。そして身の回りにいる生き物たちの仕組みを考えるきっかけをくれる。いつか空を飛ぶであろうマンボウ飛行機で旅をする未来が楽しみだ。
イラストレーション(C)黒須高嶺
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori