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2023.01.26

レビュー

遺伝子を研究することで何が変わる? 光るマウスは未来を変えるのか?

理科に親しむ物語

新しい学年に上がるたびに「さあどうぞ」と教科書をもらうのがうれしかったけれど、その内容に興味をずっと持ち続けていたかは思い出せない。いろんなものが記憶からすっぽ抜けている。

でも子どもの頃に読んだ物語は、頭にしっかり刻まれている(だから国語の教科書に載っていた『スーホの白い馬』と大人になって再会すると、ほぼ全員が「うわっ、なつかしい!」って妙に興奮するんですよね)。物語はなつかしい友達になってくれた。きっと算数や理科とも末永く友情を築くいい方法はあるはずで、ならばまずはお友達力の高そうな物語の魅力を借りるといいかもしれない。

『光るマウスが未来をかえる』は「おはなしサイエンス」シリーズの1冊。対象年齢は小学上級から。

このシリーズは児童文学と科学のワクワクの両方を楽しめる子ども向けの作品がそろっている。本のカバーにはこう書かれていた。

理科=科学の、おどろきや感動を、物語をとおして伝え、「科学する心」を育むシリーズです!

そうそう、科学は「そうなんだ!?」の連続で、大人になった今も、とてもおもしろい。子どものころに自分の物語として興味を持って理科にふれられたら、きっと理科はもっともっと楽しくなっただろうな。

小学6年生が遺伝子工学に出合うとしたら?

『光るマウスが未来をかえる』の科学のテーマは「遺伝子工学」。主人公の“鍛人(たんと)”の視点を通して物語が進むのだが、「勉強してやるぞ」といった気合いは不要だった。小説として面白いのだ。フムフムと鍛人の物語を読んでいくうちに遺伝子工学の世界へスルッと導かれる。

鍛人は落ちつきのない子で、思ったことをすぐ口に出しちゃってクラスでトラブルを起こしたり、遠足で横道にそれて迷子になって叱(しか)られたり、とにかくよく叱られる男の子。本人だって悩んでいる。

これは職員室での様子。先生も「どうしたもんだかね」って顔してる。

お父さんにこっぴどく叱られたある日、鍛人はおばあちゃんにこうなぐさめてもらう。

おばあちゃんは、オレの話を聞いて、ひどくおかしそうに笑った。
「まあ、よく言うわよね。おとうさんだって、落ちつきがなかったし、もう失敗ばっかりで、おばあちゃんはしょっちゅう学校に呼ばれて、あやまってたわ」
「ほんと?」

お父さんもオレと同じ! そしておばあちゃんは「そうね、遺伝かも」と言うのだ。ここから学校の理科で習った遺伝の話につながる。幼なじみの“安奈”と一緒に、遺伝子は体をつくる設計図であることをおさらいする。で、二人して「遺伝子って変えられないのか」とため息をつく。それぞれ悩みがあるのだ。

するとテレビからマグロの品種改良の話題が流れてくる。なんと、マグロの卵の遺伝子を編集して、光などの刺激を受けても突然高速で泳がない「おとなしい」マグロを作ることができたのだという。

「へえ、すごい。できるんだったら、あたしも遺伝子の編集とかいうやつ、やってもらいたいよ。ぜったい太らないように!」
安奈が叫んだ。
「でも、最初の一個じゃないと、だめなんだろ?」
マグロのやつは卵だから、編集できるんだ。
「あ、そうだった……がっかりだ」
安奈はがっくりと肩を落とした。

こんなふうに、本作の前半では自分のリアルな悩みから理科で習った遺伝子のこと、さらに遺伝子編集の技術と、それが自分たちには適用されないことを一気に描く。なめらかで楽しい。

光るマウスに会いに行こう!

遺伝子工学は、おいしい魚や肉や野菜を作ることだけじゃなく、病気の治療でも役に立つ。

物語は鍛人のおばあちゃんが病気になることで大きく動き始める。おばあちゃんはがんで、遺伝子治療を受けることになりそうなのだという。遺伝子治療なんてしたら、おばあちゃんはどうなっちゃうの? マグロみたいに変わっちゃうの?

心配する鍛人と安奈は、安奈のいとこのおねえちゃん“蛍”に会いに行く。蛍さんは大学で遺伝子の勉強をして、今は就職して研究室で働いている。ここのやりとりが私はとても好きだ。多分わたしが小学生だったらここを一発で覚える。

「研究室? 会社じゃないの?」
「あ、ちょっとややこしいかな。
会社なんだけど、研究所なの。私はマウスを飼ってる」

「マウス? ねずみの飼育員なの?」
安奈が言うと、蛍さんは笑った。
「飼育員って言えばそのとおりだけど。ま、入りなよ」
蛍さんは、オレたちをリビングに招き入れて、ケーキを出してくれた。
イチゴのショートケーキだ。
蛍さんの家の食卓は一人用だから、めいめいお皿を手に持って、じゅうたんの上に座って、ケーキを食べた。

研究所っておもしろそうだし、ねずみの飼育員も楽しそうだし、イチゴのショートケーキのくだりもリアル。どんなおやつを出してもらって、それをどうやっていただいたかって大事なんです。

蛍さんは、鍛人のおばあちゃんが受ける治療について教えてくれる。どうやらおばあちゃんの遺伝子が変わるわけではなさそう。

「人の遺伝子そのものを変える治療も、まったくないわけではないけれど、今のところ、薬がいくつか認められているだけで、まだ広くは行われていないの。安全性が確かめられていないから。遺伝子が変わることで、他の病気になってしまわないよう、慎重に確かめなければならないからなの」
たしかに、それは慎重にしてほしいよな。
「特に最初の一個の細胞を変えると、その人だけでなく、その人の子孫や人類全体にも影響があるかもしれないでしょ。でも、ひょっとしたら、未来では、コピーミスそのものも、ばんばん直せるようになるかもしれないね」

数年前にゲノム編集ツールのクリスパー・キャス9が話題になったのを思い出す。そして蛍さんはこんなことも教えてくれる。

「動物や植物ではもう、最初の一個の細胞、卵や種に対しても、いろいろな形で遺伝子の操作がなされてる。今までになかった生物も、作られているんだよ」
「えっ? 今までになかった生物って、怪物とか?」
安奈が言った。オレもゲームに出てくるモンスターを想像した。

このおしゃべりがきっかけで、蛍さんは、鍛人と安奈を勤め先の研究所に招待してくれることに。いよいよ本作の題名にもなった「光るマウス」の登場だ。

カルタヘナ法って何?

遺伝子操作されたマウスたちと対面するまでの話もワクワクする。そして勉強になる。

鍛人と安奈は、蛍さんの研究室に入るために「テレビでよく見る感染症専門病棟の人」みたいになる。消毒をし、全身に風を浴び……。

サンダルがある。
これを履いてください、と書いてある。
まるで『注文の多い料理店』みたいだな、とオレは思った。

鍛人の視点がとてもいい。じゃあなんでそんな『注文の多い料理店』のようなことをしなきゃいけないの? 蛍さんはこう教えてくれる。

「『カタルヘナ法』というので決まっているのよ。遺伝子を組みかえて作った生き物は、そもそも自然界にはいないから、厳格な決まりに従って、育てなければならないの。そうでないと、操作した遺伝子が、野生のものや、家畜や、畑で栽培されているものと交じってしまうでしょ。そうすると地球の環境が変わってしまうから」

カタルヘナ法なんて法律があるのか! たしかに守らないといけない大切な決まりだ。

いよいよ遺伝子操作されたマウスとの対面……!


パッと見た感じは普通? かわいい挿絵だなあ。このネズミはどうなっちゃうの? かわいそう? こういった心配にも、本作はごまかすことなく、ていねいに答えをくれる。

それにしても、光るマウスは本当に未来をかえるのだろうか。蛍さんによる解説と、鍛人の感想を紹介しよう。

「あのね。体の中で起きていることを見るためには、今までは細胞を取りだして薬品で処理をしたり、色をつけたりしなければならなかったの。そうすると細胞は死んでしまう。でも見たい部分だけを、こんなふうに光らせることができれば、細胞が、いえ、体全体が生きているままでも、観察することができる。がんがどういうふうに大きくなっていくかが、見えるとかね」
そうか。
生きたまま体の中のようすが見られるってことか。

私も鍛人と一緒に「そうかそうか」と言いながら読んだ。好奇心が強くてマグロのようにノンストップな性格の鍛人が「じゃあこれは?」「つまりこういうこと?」と興味を広げていくのがとても楽しい。実は、彼の個性は、おばあちゃんの病状を心配して悲しい気持ちになっている家族を助けることにもつながる。このお話は、鍛人の成長物語なのだ。

小学生の日常と悩みと成長と、遺伝子工学の現在と未来のお話とが楽しくミックスされた児童文学だ。読み返したいページがたくさんある。これから先、光るマウスのニュースを見たら、私は鍛人たちのことを思い出すんだろうな。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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