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2023.06.19

レビュー

生命存在の限界はどこにある? 海底地下世界には広大な生命圏があった!

290,000,000,000,000,000,000,000,000,000個

この数字は、地球の海底下に生息する微生物の数だ。それは宇宙で確認されている恒星の1万倍にもなる。ダイオウイカ、サメ、ダイオウグソクムシ、ヨコエビなど、テレビの自然ドキュメンタリー番組でよく見る深海オールスターズが住む海底の下。その海底面からわずか数センチのところで、微生物は奪い合うようにして海水からの栄養をあらかた食い尽くす。さらにその数メートル下、微生物は数千年から数万年かけて、わずかに残った栄養を食べて生きている。さらにさらに深部になると、超高圧のせいで堆積物の泥の粒と粒はギッチギチのガッチガチになる。

微生物たちは、「ああ、食べるものがほとんどないし、なんか息苦しいし、もう争いごとにエネルギーを使うのは疲れた。無駄だし、やめようよ。ともに助け合っていこうよ」と話し合いを始めます。たぶん、微生物たちはそう言っています。

「なにをバカ言ってんの、いいかげんにしなさい!」と、突っ込むのも間抜けなことに、それよりさらにさらにさらに(しつこい!)深い海底下数十メートルから数百メートルにも微生物はいる。しかも、その深さまで堆積物が積み重なるまで数十万~数千万年かかっている。動けない、息もできない。そんな条件下で微生物は、二酸化炭素や堆積物、岩石から発生する微量の「電子」や「イオン」を利用して超絶エコ生活をしているのだという。微生物って、すげーな……。


図:鈴木知哉

陸の土壌や海水などの地球表層の生命圏は、自然淘汰による絶滅と、環境適応による進化を繰り返して形成されたものです。もしかすると、海底下生命圏には、表層の生命圏とは違う、海底下に固有の進化の摂理や法則があるのかもしれません。

「あるよ、絶対あるね。想像もつかない進化の系統が! そう考えなきゃ、そんなキッツキツのガッチガチのアッツアツの世界で生きていけるわけがない」と思った。というか、もはやその微生物は生きているのか、生命を維持しているだけなのか、「いったい生命ってなにをもって“生きている” とするんだ?」と、哲学的な命題を提示された気までした。そんな微生物が星の数ほど存在している地球って、奥深いな……。

冒険の合言葉は「コア・オン・デッキ!」

1960年代から70年代にかけて、米ソ冷戦を背景に、国家の威信をかけた宇宙と海洋開発の競争が繰り広げられた。1961年にはマントルの上部、モホ面まで掘るという人類初の壮大な「モホール計画」が実行された。結果はモホ面にははるか及ばず、海洋地殻13メートルのサンプルを採取するにとどまったが、その後の石油・ガス資源開発のほか、海洋科学掘削(くっさく)の礎(いしずえ)となった。

地球微生物学者の著者は、2002年に行われた世界初の海底下生命圏掘削調査航海に参加(船は掘削船ジョイデス・レゾリューション号)。以来、世界の海底下を掘削し、その生命圏を明らかにしてきた。つまり、掘っては新たな海底下生命圏の限界を更新し、新たな発見を明らかにし続けてきたフロンティアの人である。その経歴は、未知の世界を切り拓き続けた「冒険」の記録。そして乗り込むのは、現在の国際的な海底掘削計画の主力船「ちきゅう」。日本の地球深部探査船「ちきゅう」に世界中の科学者が乗って、未知の世界を探るなんて70年代東宝特撮映画の世界のようじゃないか! 海底下から船に堆積層のサンプルが引き上げられると、艦内に「コア・オン・デッキ!」という言葉が響くそうだが、それは知の冒険に向かう合言葉なのだ。

この本では、これまでの海底下生命圏掘削調査が順に紹介される。最も透明度が高く、表層の基礎生産量が極めて低い(=植物プランクトンが少ない)「海の砂漠」といわれる南太平洋環流域。かつて森だった地層が海底下に眠る下北八戸沖。フィリピン海プレートが日本列島の地殻に沈み込む高知県室戸沖。そこで次々と明らかになるのは、環境に適応した微生物が作りあげた見事な生態系だ。生命の居住可能性(ハビタリティ)は常に想定を超えて深く、豊かな多様性を持ち、さらには地球を構成する物質循環にも関わっているという。

そして本書では、近い未来に行なわれるハワイ東方沖(予定)での新たなプロジェクトが紹介される。その内容は、堆積層とそのさらに地下の海洋地殻を貫通し、マントル到達を目指すというもの。“MoHole to Mantle(M2M)”というこのミッションは、1961年「モホール計画」のリベンジともいえるもの。すでに海洋地殻の表層には微生物がいることが確認されているが、そこから先にもいるのか? いや、もしかしてマントルの中にもいる?

サイエンスとはまた、直感とロマンと実行だと思う。夢食う男と言われることがあるが、ロマンがない科学者になってしまったらおしまいだ。

これは、極限微生物学者として国際的に知られた堀越弘毅の言葉だ。もしかしたら40億年以上の地球と生命の起源、そして未来を左右する秘密が明らかになるかもしれない。そんな次なる冒険の日を、ワクワクしながら待ちたい。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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