描かれ続ける「失われた大陸」
本書のタイトルを見て、なつかしさとともに、世代的なものを感じる方も多いのではないでしょうか。
1970年代には、「空前」と呼んでいいオカルト・ブームが到来していました。スプーン曲げやらUFOやら日本沈没やら秘境やら念写やら心霊やら、よくもまあこんなにたくさんネタがあるもんだと感心してしまうほどです。じつに多くの現象が取り沙汰されていました。
横綱を決めるとすれば、なんといってもノストラダムスの大予言でしょう。
東京03の飯塚悟志さんは、どうせ1999年に人類は滅亡するのだから、好きなことやろうと考えて芸人を志したそうです。予言の影響力はひとりの人間の将来を決定するほど強いものだったことがわかります。
大予言が東の横綱なら、西の横綱は本書のテーマともなっている失われた大陸でしょう。プラトンの記述にはじまる由緒正しき(?)アトランティスをはじめとして、ムーやレムリアなど、失われた大陸とその地に育っていた超文明について、さまざまな言説が飛び交っていました。
エンターテインメントへの影響はことに強く、ひとりアトランティスを見るだけでも、手塚治虫先生は『海のトリトン』で大きく取り上げていますし、大怪獣ガメラもアトランティス出身です。また、時代はすこし後になりますが『ドラゴンクエスト』で重要なアイテムとなっているオリハルコンはアトランティスの金属になっています。
これらは例にすぎず、思わず「こんなにあんのかよ」とつぶやいてしまうほど、じつに多くの失われた大陸由来の設定が存在します。本書にはその多くが記載されています。著者が過去の歴史学にこだわらず、多年にわたる入念な調査をもとに執筆したことを証立てるものだと言えるでしょう。
なぜ失われた大陸にひかれるのだろう?
浅薄なことに、自分は失われた大陸にまつわる言説を、オカルト・ブームの前後に生まれた、一過性のものであるという印象を抱いていました。1970年代にピークを迎え、その後ゆるやかに存続しているようなイメージです。ところが、本書を読むとそうではないことがわかってきます。
失われた大陸に関する言説は、じつに長期間にわたり、世界中で語られてきました。存在を確信する人はいつの時代もありましたし、ナチス・ドイツではこの言説を信奉する人が政権中枢にあったこともわかっています。
プラトンにはじまる欧米の言説であるために、わが国の受容は明治以降になっていますが、すでに戦前・戦中期には、「太平洋に栄えたムー大陸と日本のルーツは同じである」という主張が存在していました。太平洋にはラバウルやトラックなど、日本が実質支配していた島々が数多く存在していましたから、あるいはこの言説が、旧日本軍を鼓舞するようなこともあったのかもしれません。
いずれにせよ、失われた大陸をめぐる言説は、戦後のオカルト・ブームで生まれた一過性のものではありません。ハッキリ「歴史的」と断じていいものです。
本書はプラトンの説にはじまり、西洋で「失われた大陸」がどのように受け入れられてきたかについて述べた後、わが国の事情について詳細にふれていきます。
表立って政治的主張がなされ、それをもとに政策が立案されたことこそありませんが、失われた大陸と超文明は、たしかな影響力を持ってきました。ひょっとすると、今も。
いったいどうしてだろう?
本書のテーマはそこにあります。すこし長いですが引用しましょう。
世に無数にあるだろう神話・伝説をテーマごとに分類したとして、ときに流行しながら長期間にわたり、巷間にいたるまで最も広範に世の関心を呼んできたといえるのが、失われた大陸にまつわる物語・イメージである。目前に存在しないものがなぜ、これほどに求められ続け、世に波及してきたのか。かつて実在したからこそ、なのだろうか。実在しないと結論づけるべきならばなおさら、なぜ人々は追い求めるのか、実在を信じる者がなぜ後を絶たないのか。失われた大陸が、ある国の歴史と結びつけられたり、ある時代に特に求められたりするのはどうしてだろうか。現代の日本ではアトランティスやムー大陸の関連書籍が刊行され続け、漫画やアニメ、ゲーム等にそれらが登場してきたりすることからも知名度が高いのだが、西洋由来の言い伝えに何ゆえ日本も強く興味を示してきたのか。
恥ずかしながら、自分はアトランティスとかムーとか聞くと、ワクワクを禁じ得ません。不思議な心のふるえを感じます。それがあろうとなかろうと、自分の生活は何ひとつ変わらないのに、ときめきを抑えられません。
どうやらそれは自分だけではないらしい。
本書は多くの事例を紹介しつつ、「どうしてワクワクしちゃうのか」に迫ろうとしています。
海の底に沈む
それにしても――。現代人たる自分は思います。
「失われた大陸」があったのか、なかったのかという議論は、なんと牧歌的で夢にあふれていることでしょう。それはあまりに現実離れしています。
現在、地球温暖化にともなう海水面の上昇により、いくつかの島国の消失が指摘されています。海抜が低いオランダの危機も報告されています。また、2050年には世界最大の都市のひとつニューヨークも海底に沈むだろうという予測もあります。海の底に沈む「失われた大陸」は現実的なものになってきているのです。
人はなぜ「失われた大陸」を求めるのかについて、本書は多くの事例を紹介した後、結論めいたものに到達しています。これ、すごくいいんですよ。なるほどなあと思いました。本書の白眉だと思います。
ここではあえてその論を紹介しませんが、海面の上昇と陸地の沈降を予測する心証とは、真逆の心持ちから生み出されていることは言うまでもありません。
そうだよね、人ってそういう動物だよね。
自分はずいぶんあたたかい気持ちになりました。本書はそういう気持ちをもたらしてくれる本であります。こういう切り口で歴史を紹介する書物はそうそうなく、その意味でも一級品だと言えるでしょう。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/