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2020.06.12

レビュー

海の水を全部抜いて上空から眺めたい! 見えない絶景から地球の正体が見える

一度でいいから見たい!

「巨視的」という言葉がぴったりくる本だ。『見えない絶景 深海底巨大地形』は題名がすでに楽しい。見えないけれどそこに絶景があることを知ってしまった人の知識と、考察と、ゆたかな想像力と「見たい!」が詰まっている。大冒険できた。

もしも海の水を全部抜いて、上空から眺めることができたらどんなに壮観でしょう。

作者は藤岡換太郎先生。太平洋、大西洋、インド洋の三大洋初潜航を達成した地球科学の専門家だ。実際に海底へ何十回も行った人が「一目でいいから見てみたい」と繰り返し願うものが、海底にはたくさん存在している。

何度行っても飽きない底知れぬ世界になにがあるのか?

海嶺……総延長は地球2周分(約4万㎞×2)の、地球最大の山脈
海溝……細長い溝状で、最大水深は1万mを超える地球最深の地溝
断裂帯……海嶺に直行して走る巨大断層で、最大のものの長さは約7000㎞
海台……海底の巨大な台地
深海大平原……海底の広大な平地

大規模すぎて茫然となる。富士山の裾野に行くだけでも山の巨大さに「ひゃー!」と圧倒されるのに、どっこい、海底に広がる絶景はその比じゃないらしい。どうなってんだ? 見たい!

そう、本書は見せてくれるのだ。作者は、これまでの自身の経験と想像を結集させて作り上げた仮想の潜水調査船「ヴァーチャル・ブルー」に私たちをのせて、巨大地形と地球形成史の旅にいざなう。藤岡船長は、実際の潜水艦での探査がどんなであったかを語りながら地球の底から上まですいすい案内してくれる。

日本を出発してこれらの巨大地形を効率よく見ながら世界一周するには、およそ北緯40度の地点から太平洋を真東に向かってひたすら進むのが良いと私は考えています。

このリアリティが楽しい。ということで岩手県の宮古港から出発し、絶景をめぐる旅に出た。それはあまりに不思議で、ダイナミックで、呆気にとられる深海底世界一周だった。ちゃんと「おみやげ」も頂いた。

われわれがめぐってきた深海底のとてつもない巨大地形は、そのなりたちをたどれば、いずれもプレートテクトニクスと深い関係がある

深海底に仰天するとプレートテクトニクスに出合い、そのプレートテクトニクスを追いかけると40億年以上前の地球にタイムスリップし、やがて宇宙にぶつかるのだ。

「調査が終わると急に寒くなった」

第1章では地球のあちこちに存在する海底の絶景をめぐる。それぞれ「そこはどんな絶景なの?」という情景描写と、成り立ちの学術的な解説に加え、ゆかりのあるエピソードが紹介される。

たとえば最初に訪問する「日本海溝」では、海底から地震の正体を解き明かす研究にふれている。海底と私たちの日常はつながっているのだ。次の目的地「海底大平原」も楽しい。とてつもなく広くて度肝を抜かれる景色なのに、学術的な意義が小さいという理由により実はまだ誰も潜っていないのだという。

でも藤岡船長はこう願っている。

陸上の砂漠では強い風によって、砂丘やバルハン(三日月形砂丘)などの「砂の芸術」とでもいいたくなるような地形が見られますが、(中略)深海でも水の流れはありますので、そういったものが深海大平原にも作られているのかどうか。もしあったら、どれほどのスケールなのか。生きているうちに一目でいいから見てみたいものです。

とてもわかります。海底は、好奇心と想像力をぶつけるのにぴったりの世界だ。「一回だけでいいから海水ぜんぶ抜いてみたい」と思う。

第1章のめくるめく旅の中で特に印象的だったいくつかを紹介したい。

私が一番好きだったのは「インド洋」のツアーだ。ここにいる“ウロコフネタマガイ”という奇妙な巻貝がめちゃくちゃかっこいい。酸化鉄の鱗で覆われているそうなので、いつか磁石片手に会いに行きたい。太平洋と大西洋とインド洋を兄弟に例えると、インド洋は“三兄弟ではいちばんチビですが、バランスがとれた海嶺”なのだという。藤岡船長は人類で初めてインド洋の海底を探査した人物だ。(このとき藤岡船長はとても落胆してしまうのだが、その経緯や振り返りがとても良い。ぜひ読んでほしい)

チリ海溝もよかった。海溝は世界にいっぱいあるのに、なぜチリはとりわけ地震が多いのかがわかる。

もうひとつ。ヴァーチャル・ブルーの旅で鳥肌が立った箇所を引用したい。

「調査が終わると急に寒くなった」という表現があったのを思い出しました。(中略)観測に集中して興奮していると、寒さを忘れてしまうのです。そして、すべてが終わって我に返ったとたんに、急に寒くなるのです。

せまい耐圧殻のなかで感じる寒さと、数千メートル下の海底でその寒さを忘れる興奮。ああ、いいなあ。

限界をたくさん抱えている学問の醍醐味

深海の絶景にまつわる用語は、その都度やさしく解説されるが、海底をめぐった私たちが感じるであろう「なんであんな凄まじいものが海底にあるんだ?」については第2章で詳しく述べられている。

そこで私たちはスッキリするかというと、そうではないのだ。海底の巨大地形はプレートの動きによってうまれている。じゃあ、プレートの動きはいつから始まって、なんで始まったの? 森のなかに分け入るような気持ちになる。

地球科学とはじつのところ、過去の検証が非常に難しく、限界をたくさん抱えている学問なのです。

作者は第3章では「プレートテクトニクスのはじまり」に挑む。ここにも「限界」があるのだ。

そもそも「プレートありき」で、プレートのはじまりにまでは言及されていません。それは決して、研究者たちが不真面目だったからではありません。なにしろ初期のプレートはとっくに地球の内部に沈み込んでしまっていて、跡形もないのです。むしろ真面目だったからこそ、議論することができなかったのです。

じゃあ、考えるのは終わり? いいや、ここから藤岡船長(もうずっと船長と呼ばせてください)の世界がより大きく広がる。

証拠がないからと議論せずにいるのは、地球科学のいちばん面白いところをみすみす捨ててしまっているようなものです。(中略)そこで「ヴァーチャル潜航」に続いては「想像地質学」で、この難問に立ち向かってみたいと思います。

作者の想像地質学はとてもスリリングだ。「仮説」や「思いつき」を証明するむずかしさと面白さ、そして「思いつき」を却下するもったいなさを知った。だって、そうしないと限界は超えられないからだ。

深海底はまだ調べ尽くされていない。(あと5億回は潜らないといけないらしい! もう、なにからなにまで巨大だなあ……)まだ誰も知らない絶景と発見があるはずだ。「実際にこの目で見る」ことが2020年の春はとても困難だった。底が知れないこともたくさんある。そんなタイミングでこの本を読めてよかった。先が見えない世界に挑み続けるタフさと、好奇心の勇ましさ。そして想像力のみずみずしさ。それらが私たちの心をとてつもなく巨大な絶景に連れ出してくれる。おおきく深呼吸ができる本だ。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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