近年、天気予報と共に「気圧」の話に触れることが増えた。つい先日も、Twitterのトレンドには「爆弾低気圧」が入っていたのを思い出す。それは「急速に発達する温帯低気圧」のことを指すが、大気の状態が劇的に変化すると私たちの心身はそれに対応しきれないことがある。いわゆる「自律神経の乱れ」と呼ばれる状態だ。ではいったい「自律神経」は、どんな機能を持っているのか。
タイトルからわかる通り本書は、全身を調整する役割を担う「自律神経」の仕組みについて、科学的な事実を元に書かれている。著者は現在、日本保健医療大学保健医療学部教授と昭和大学医学部生理学講座客員教授を兼務する歯学博士・医学博士である。お茶の水女子大学理学部生物学科を卒業後、東京医科歯科大学大学院歯学科研究科高齢者歯科学専攻を修了した。その後、生理学の専門家として東邦大学医学部にて長く教鞭をとる中で、学生たちに行っていた講義録を元にまとめられたのが本書である。
そのためだろうか。文章を読んでいるはずなのに、まるで生の講義を聴いているかのような感覚が湧いてきた。たとえば本書の冒頭で著者は、基本的な神経の仕組みについてこう語りかける。
皆さんは、神経をご覧になったことがあるでしょうか。ないと思っている方が多いかもしれません。でも意外と身近なところでみることができます。たとえばスーパーでキンメダイなど少し大きめの新鮮なお魚を買って三枚におろすと、背骨の中にある脊髄から出ている白い紐のようなものがみえます。それが神経です。太い神経はこのように紐のようにみえます。細い神経は蜘蛛(くも)の糸のようなイメージでしょうか。紐や糸と異なるのは、神経がとても柔らかく、触れるとすぐダメになってしまうところ。1mに達するような長い神経もありますが、1mmより短いものが多いでしょう。
この語り口は、本書の内容が専門的な領域へ入っても変わることなく、全7章にわたって穏やかに続く。各章の終わりには重要なポイントが箇条書きでまとめられており、復習にも使いやすい。また頻繁に差し込まれる図解の数々は、想像が難しい人体の細部や構造をわかりやすく明示する。
ところで自律神経が引き合いに出されることの一つに、腸との関係がある。本書では第6章にて「第三の自律神経系」と呼ばれる腸管神経系を取り上げ、その仕組みや構造について解説しながら、「大事な仕事や試験の前にトイレに行きたくなるのはなぜ?」「腸から細菌がいなくなるとストレスに弱くなる」といった日常の謎にも迫る。
ちなみに腸管神経系はかつて、同じ自律神経系の交感神経系や副交感神経系と比べ、日の目を浴びない研究分野だったという。だがその流れも、20世紀の終盤に見つかった新たな事実によって、注目を集める研究へと変化した。
時代が進み、顕微鏡など科学技術の改良が進むと、腸管神経系の数がとてつもなく多いことが明らかになります。脳は1000億、脊髄は1億の神経細胞から構成されますが、腸管神経系の神経細胞も5000万から1億といわれ、とても多いのです。アメリカの解剖学者マイケル・ガーションが腸管神経系を「第二の脳」とよぶのは1998年のことです。
最近よく耳にする「第二の脳」というフレーズが、たった25年前の命名だったとは! 毎日、乳酸菌飲料を飲んで腸を整えてはいても、その由来については初耳だった。
こんな風に、今までなんとなく知っていたことが、専門家の手により確かな知識へと繋げてもらえることは楽しい。読み疲れた時には表紙に戻って、のびのびと漂う猫たちのかわいらしいイラストに和むこともできる。知っているようで知らない心身の仕組みに触れて、自律神経への理解を深め、より良い日々へとつなげよう。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。