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2022.11.15

レビュー

「脳」は驚きに満ちている! ニューロン、海馬など基本から最新研究まで

タイトルの通り、本書は「脳」について書かれている。しかし読み進めていくうち、気がつけばその内容は「脳」だけに留まらず、人間の身体の隅々にまで及んでいた。おかげで読み終わった後は、まるで「人体の設計図」に触れた心地にもなった。

著者いわく、「脳については、まだわからないことがたくさんある」のが現状だという。とはいえ、たとえば脳の病気を診断する医療現場などでは、そう言ってもいられない。現在得ている知識を元に、厳しい判断を迫られる場面も多くあるだろう。

そのとき必要になるのは、個別的な知識だけではなく、全体を見通す見識であると思います。本書は脳を専門としない一般の方々に、脳についての全体像を持っていただくために執筆しました。新書としてのボリュームの中ですべての関連事項の詳細をカバーすることを目指したものではありません。全体像の概要の中に個別の知識や目の前の現実を正しく位置付けられるような、脳についての全般的な枠組みの理解に役立てていただければ幸いです。

著者のそういった思いが込められた本書は、全7章で構成されている。まずは脳の進化や構造の解説に始まり、そのしくみを細胞レベルまで追った第2章、そして脳に情報を送る感覚器官や神経と脳との関係を踏まえた第3・4章に、脳の機能や発達、病気について書かれた第5・6・7章まで、脳と身体のつながりを網羅した圧巻のつくり。私たちが現在知りうる「脳研究の今」が収められているといえよう。フルカラーでの印刷も目にやさしく、色分けされた図版は専門的な内容を理解する手助けとなってくれた。



著者は1971年に北海道大学医学部を卒業後、京都大学霊長類研究所やUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、NIH(アメリカ国立衛生研究所)で勤務した。2009年に京都大学名誉教授となり、現在は中部学院大学大学院・看護リハビリテーション学部の教授を務めている。

ところで本書には、本文を補足する形で「コラム」というコーナーが点在している。中でも印象に残ったのは、シナプス発芽と脳の可塑性に挑んだ研究者に関するコラムだった。ちなみに「シナプス」とは、神経線維(軸索)の末端に位置し、信号をやり取りする神経細胞と神経細胞の接続部を指す。そして「脳の可塑性」とは、脳が経験によって変化し、その変化が長くのこる特徴のことを指している。

1985年当時、ネコを使った研究により「シナプスが新しい枝を出す」こと、つまり「シナプス発芽」を確認し、「シナプスの移動」を証明したのは、大阪大学基礎工学部にいた塚原伸晃教授だった。日本人研究者の世紀の発見に胸が躍った次の瞬間、添えられていたコラムを読んで、その後の思いがけない事実に呆然としてしまった。歴史に「もしも」があったなら──。コラムがなければ知り得なかった物語に、そっと思いを馳(は)せた。

丁寧で穏やかな文章からは、読み手に対する著者の暖かな温度が伝わってくる。文体が「です・ます調(敬体)」で書かれていることもあってか、いわゆる一般的な教科書よりも、はるかに読み手へと寄り添い、導いてくれる印象を受けた。

脳を知ることは、人体を知ること。本書を入り口として、謎に満ちた脳研究の最前線に触れながら、自分自身の身体についても考えるきっかけにしよう。

レビュアー

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田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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