心地よい本だった。それは著者の静かな熱意と、真摯な姿勢によるところが大きい。一方でデータを扱う本としては珍しく、数式やプログラミング言語の解説といったものがまったく出てこない点も関係しているだろう。私のように数学に弱く、専門的に統計学を学んだことがない身であっても、ストレスなく理解し、読み終えることができた。
本書の冒頭で著者は、「データをわかりやすく、見やすく視覚的に表現すること」を「データ可視化」と定義する。その上でそれを効果的に行うには、「データ思考」と名付けた思考法が必要だと説く。
「データ思考」を身につけると、誇張を避け、相手に誤解させることなく、データから得られる知見を過不足なく理解してもらうための考え方が身につきます。同じデータでも、ただ漠然と作ったグラフと、データの意味や内容まで踏まえて適切な伝え方をしたものとでは、得られる価値に天と地ほどの差が出ます。
具体例として挙げられたのは、2020年2月にウェブメディア「東洋経済オンライン」で公開された「新型コロナウイルス 国内感染の状況」。
著者はなんと、あのサイトを制作した担当者だった……! 感謝の気持ちが一気によみがえる。当時、まだコロナに関するまとまった情報が少なく、心細かったところに突然現れた、黒い画面とグラフの数々。それがどれだけ力強く見えたことか。そう感じたのは私だけではなかったようで、SNS上でもまたたく間に、たくさんの方が言及するところとなっていた。著者は当時の状況と、寄せられた多くの反響、そしてデータを可視化した意義をこう語る。
ただ数字を羅列するだけでは、データを「伝える」ことにはなりません。どんなに貴重で有用なデータであっても、人にその価値を認識されなければ情報の洪水に埋もれてしまいます。グラフや地図などの視覚表現を駆使して見やすく、わかりやすくデータを表現することで、社会や組織でデータを活用できるようになります。
1987年生まれの著者は、筑波大学で卒業後、2010年に東洋経済新報社へ入社。企業のデータベース管理・運用を担う部署にて勤務しながら、独学でプログラミングを身に付ける。その後、デジタルデザインのスキルを得るため、2017年にイギリスのエディンバラ大学大学院へ留学。帰国後はデジタル関連の業務を行うかたわら、データ可視化を活用した報道コンテンツを幅広く制作し、2020年には先述の「新型コロナウイルス 国内感染の状況」で、グッドデザイン賞を受賞した。現在はGoogleにて、ティーチング・フェローとして、報道機関や大学でデータの読み方や伝え方などのトレーニングを行っている。
さて本書では全9章をとおし、データの読み解き方や編集法、デザインの仕方や多様なデータの見せ方が解説されている。中でも著者の当事者意識を強く感じたのは、第8章の「炎上や誤解を避ける」で挙げられた事例と考え方だった。データ可視化の力を信じる著者だからこそ、その使い方を誤らないための方法や、誤った時の影響についても考慮する。そして重要なポイントを、「誠実にデータを提供すること」だと指摘する。
データ可視化における誠実さとは何でしょうか。「誤解を招かないようなデザインにすること」「可能な限り偏りを避けて合理的な結論を導くこと」などは当然の前提として、同じくらい重要なのが「ユーザーによる検証可能性を確保すること」です。具体的には、データソースをユーザーが直接確認したり、データ可視化の加工方法や分析過程が妥当かどうか検証することです。
データを可視化する制作者へのこうした提言は、翻って、その恩恵に与る私たち利用者の側にも強く響く。データの出所はどこで、作り手の意図はどこにあり、それはどういう影響を及ぼすものなのか──利用者は制作者と同じように、それらを見極めた上で読み解く必要がある。その中で疑問に思った時には、利用者自らが根拠をもって調べることで、可視化されたデータへの信頼性を互いに高めることができるだろう。
第9章とあわせて、これから新社会人となる方には、働く上で知っておいてほしい「心得」的なものがたっぷりと詰まった本書。数字に苦手意識を持つ方にも、気軽に読める一冊としておすすめしたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。