普段、ぼんやりとニュースを見ている。だからだろうか、本書のタイトルを知った時、「大学入試で女性や多浪生を不利に扱い、話題になった事件の本か」と思った。だが手に取ってよくよく見ると、様子が違う。副題には「特捜検察に狙われた文科省幹部 父と息子の闘い」とあった。はたして、私が覚えている事件と違う内容であるなら、それは一体、何を指しているのだろう……?
本書は、2018年7月に発覚した文部科学省汚職事件の真相を追ったノンフィクションである。あらましとしては当時、東京医科大学が選定を望んでいた文部科学省所管の事業に対し、同省の科学技術・学術政策局長がその便宜を取り計らう見返りとして、同大学を受験した次男の点数に加点を受けたとされ、受託収賄罪に問われた。突然身柄を拘束された局長や関係者にとってはまったく身に覚えのない容疑であり、逮捕後も否認し続けたものの、そのまま起訴に至ってしまった。
その後、任意で事情聴取を受けていた東京医科大学の理事長と学長(後に両人とも辞任)も起訴された。彼らが取り調べを受ける過程で明らかになったのが、医学部の受験生に対する不正な選抜方法だった。
東京医大理事長の臼井正彦と学長の鈴木衞は、高校卒業後の経過年数が少ない男子受験生を優遇する狙いから、第2次試験の小論文で3浪までの男子受験生全員に一定の点数を加える優遇措置を講じる一方、女子受験生や4浪以上の男子受験生にはこうした優遇措置を与えなかった。
また、卒業生などの縁故者から入試での優遇を求められた受験生(縁故受験生)について、その受験生の入学時に、父兄から納付が見込まれる寄付金の額などの条件を考慮。入試の第1次試験(英語、数学、理科2科目)の合格点が合格ラインに達していない場合でも、臼井の判断によって、得点を適宜加算して合格させていた。
これをきっかけとして他の大学でも調査が実施され、その結果、9大学での不正入試が判明した。つまり私がニュースを通して知っていたのは、事件の後半部分だけ。事件の発端とその冤罪の可能性については、まったくの無知だったことになる。本書を手にしたことで、初めて知識の欠落を埋めるチャンスを得られた。
あとがきによれば著者は、当初、この事件にそれほどの関心を抱いていなかったそうだ。しかし縁あって当事件の初公判を傍聴したところ、「裏口入学」と報道されていた局長の次男が、実は自力だけで合格圏内にいたことや、その事実を検察も認めているという衝撃の事実を知り、義憤に駆られる。
私が知る限り、初公判までにこうした事実を正しく報じた司法記者クラブ加盟の大手マスコミは1社も存在しなかった。もちろん、大手マスコミの記事を掲載しているネットメディアのニュースでも目にした記憶がない。
一方で、東京地検特捜部に歯向かえば捜査情報をもらえなくなる危険性があり、それゆえ報じられないメディアがあることに理解を示す著者は、自らの手で事実を世に知らしめることを決心する。1961年に島根県で生まれた著者は、上智大学を卒業後、共同通信社やテレビ朝日の社会部で経験を積み、2010年に独立。フリージャーナリストとして、国税や経済に関する著書を多く執筆してきた。
さて本書では全8章にわたり、事件の全容だけでなく、関係者の経歴から医学部受験の現状、永田町での処世術や特捜部の捜査に対する見立てまで、事件に関わるあらゆる知識がつまびらかにされている。私にとってはいずれも未知の世界であり、その分読みごたえもたっぷりだった。それでも一気に読むことができたのは、著者の筆の力によるだろう。また、事件の年表や東京地裁第1審判決要旨までをも掲載していることから、資料としても充実していた。これから事件を知りたい方には、ぴったりな1冊と言える。
本書を通して示された事実は、今後の法廷でも、弁護人によって改めて主張されていくだろう。二審以降の裁判官は、それらをどう受け止めるのか。知ったからには忘れることなく、今後の公判をしっかりと見守りたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。