大人のからだになる前に知っておきたいこと
時間は戻せないけれど「これは、子どものうちから知っておきたかったなあ」と思うことはいくつかある。とくに肉体や心に関わる内容ばかりなので、「あのときこれを知っておけば……」とブツブツ考えるのは、大抵お風呂上がりに自分のからだをタオルで拭いているときだ。昔とはまるでちがう大きさや形になった自分のからだと、今の私はのんびり付き合っているけれど、最初からそうだったわけじゃないし、自分のからだですらそうなのだから、相手のことなんて余計わからなかった。自分の裸を見るとしみじみ思い出す。
『発達が気になる子の性の話 みんなでいっしょに学びたい』には、そういう「知っておきたかったなあ」がたくさん並んでいた。表紙に「ひとりでも読めるよ!」とやさしく書かれている本書は、中高生くらいの年代の子どもたちに向けられた本だけど、大人の私でも「ああ、そうなのか」と教えてもらうことがあった。たとえば「信頼できるおとな」がどんな人なのか、子どもに説明できますか?
私はここに書いてある条件をすべては挙げられませんでした。頭ではわかっている気がしていたのに。
そして本書の「まえがき」は、いろんなひとに読んでもらいたい。なぜ性教育が大切で必要なのかを考えることは、子育て中の親だけじゃなく、みんなにとって意味があると思うからだ。
私たちは、多かれ少なかれ、性行動をします。そして、性を楽しむ権利を持っています。性行動を抑え込もう、制限しようという方向の性教育ではなく、将来、豊かな性行動をとり、幸せな性生活をおくれる大人になることを目指した性教育であること、これが「肯定的に向き合う」ということです。
そう、みんなに権利がある。そんな権利について、後ろめたいものとしてではなく、肯定的に向き合うことを教えてくれる本だ。
「大人になればわかるよ」と言われて暗黙のうちに性教育が終わった人も少なくないはずで、私もそのひとりだ。たしかに豊かさや幸せは大人になってからわかる話かもしれない。でも、性教育は、その幸せを得るために必要な知識であり、それは相手と自分を守る大切な方法でもある。
題名にも注目したい。この本は、発達が気になる子どもにも伝わるように書かれている。そして「みんなでいっしょに学びたい」本なのだ。
本書では、「誰もが学習から排除されない」「性に対して肯定的に向き合う」という二点に強く着目しています。
「誰もが」は少し大げさですが、本書は発達がゆっくりであったり、凸凹があったりする「発達が気になる子どもたち」にも理解しやすいよう、かなり易しい言葉でまとめています。
大切で必要なことを、みんなに平易な言葉できちんと伝えるのは、骨が折れる。とくに性に関することは話す本人にとってもパーソナルな内容に触れがちだから、私だったら頭がごちゃっとしそうだ。そんな大人のとまどいを、本書はわかりやすくほぐしてくれる。
まずは大人が読んでください
正しい知識を子どもに届けるために、本書は「まずは大人が読んでください」と強く推奨する。性教育のアップデートをはかるためだ。たとえば、大人ならみんな知っているはずの男女のからだのしくみの話も、こんなふうに説明される。
このページの一語一句が私には新鮮だった。とくに「女の子には性器がないと言わないで!」というのは「言われてみれば確かに……」と思った。
本書は子どもの読者を想定しているため、ほとんどの文章にふりがなが添えられているが、大人向けのコラムにはふりがながない。大人は両方読みましょう。
「だれにとっても大切な自分のからだ」という章もおもしろかった。人に見せていい部分はどこ? 人にさわらせていい部分はどこ? と、自分のからだをどう認識し、どう扱っていくかを考えるきっかけになる。
自分のからだは、誰彼構わず見せるものではないし、見た人がいやな気持ちになることもある。うん、どっちも大切。次のページではさらに踏み込んで「だれになら見せたらいい?」に進む。
そしてここでもコラム「大人の方へ」がとてもためになる。自分のからだは、自分だけの大切なものだから、家族もむやみにさわらないほうがいい。こうして明文化されるとあらためて実感できる。
心が成長すると好きな人に出会うかも
本書ではからだの成長とともに心の成長についてもボリュームたっぷりに触れている。心が成長したら好きな人ができるかもしれない。「あの子とあの子は付き合ってるんだって」なんて会話を教室で耳にするかもしれない。じゃあ恋愛ってどうすすめたらいい? 相手とどうふれあえばいい? トラブルを防ぐには? そもそも、してもいいの?
教科書に書いてなかったなあ、これ……。なお、この次の項は「ふられても、自分の価値は変わらない」という内容。大人もしっかり覚えておくべき(そして忘れがちな)重要なことだ。
自分のからだを大切にすること、そして相手のからだにふれたいと思ったときにどうすればいいか、いつかセックスをしたいと思ったときに重要になる「避妊」や「性感染症」、そして「性的同意」とはなんなのか。性教育の知識は、場当たり的になんとなく覚えるものじゃないと本書を読んで改めて感じた。なぜなら、すべてのからだは、その人だけの大切ものであるから。子どもには、幸せになるために必要な基本情報を覚えてもらいたい。それから大人の世界へ送り出したい。
そして本書は大人の心にも効く。ていねいな言葉で語られる「みんなが大人になるうえで知っておきたいこと」は、大人みずからが自身のからだや大切な人のからだについてもういちど考える時間をくれる。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。