問題は日常のストレスという人へ
50歳を超えて体に無理が利(き)かなくなった。気持ちに体がついてこなくなると、今度は気持ちが弱くなる。気はふさぐし、なにかに常に急き立てられているようで落ち着かない。
さらに睡眠の質の低下が追い打ちをかける。噂の乳飲料も飲んでみたが眠りの浅さは変わらず、毎朝5時には目が覚める。布団のなかで必死に眠りのしっぽを捕まえようとしても、頭では心配事がグルグル? グルグル?
この本のタイトルは、『一点をボーッと見るだけ! 脳からトラウマを消す技術』となっています。
トラウマと聞くと、生死に関わる心的外傷やPTSDなど、心の大きな傷をイメージするかもしれませんが、ここではもっと広く捉えてこの言葉が使われています。たとえば、上司に叱られた、部下と言い合いになった、まわりからの疎外感、自分がどう思われているか気になる……。このような日常的なストレスからくる心身の変化は「ストレス反応」と呼ばれ、時間が経てば自然に消えるものとされています。このようなストレス反応も「日常のトラウマ」と呼び、ケアの対象とされているのです。
さて私はといいますと、年々ストレス反応が消えるまでの時間が長くなっていて、それが毎朝のグルグル案件になっています。これを積極的に解消していきたい! ならば、実行するしかありません! いざ、ボーッと一点を見るぞ!
この本で紹介するのは、心の傷を癒やすために考案された新しいメンタル・ケアの手法です。その名も「ブレインスポッティング(Brainspotting)」。長いので、本書では略して「BSP」と呼びましょう。
「トラウマを克服したい」と思っているあなたがBSPで行うことは、「一点(スポット)を何分間かボーッと見続ける」だけ。実にシンプルです。シンプルですから、自宅にいながらひとりで行うこともできます。
見続けるべきスポットは、人により、克服したいトラウマの内容により異なりますが、それにしても、なぜ、「見る」だけで心の傷が癒やされるのでしょうか。
ものすごく手短に書くと、
そのスポットを見ているとき、脳はトラウマ処理に最適の状態を維持できるから
だと考えられています。
さまざまなストレスに対して、BSPを行ったことで効果が得られた症例が、漫画などでわかりやすく紹介されています。ここまで読んで、正直「ちょっと、簡単すぎやしませんか?」と思いました。なぜなら、悩みを抱えたクライエントとカウンセラーがやっていることは、
・クライエントと解決したい問題について話す
・指示棒を使って一点を見続けてもらう
・クライエントの様子を見ながら、ときどき言葉をかける
だけなのです。
しかし、脳というやつは意外にコントロールが利くものです。集中力を高めるときに決まったルーティンを行う人もいるし、やりたくない仕事に取りかかるときに気分をアゲる方法ならば、誰でもひとつふたつあるのでは。そこで、シンプルだから疑うのではなく、シンプルだからやってみるぐらいの気持ちに切り替えます。
しかも、カウンセラーがいなくても、ひとりでBSPはできるとあります。これは「セルフ・スポッティング」とよばれ、以下の手順で行います。
さっそくやってみました。
「あ、ラクかも」の状態になると、かなり救われる
実施時間は15から20分程度で、「嫌な感じが十分軽減した」と思えるまで続けるとのこと。
❶環境を整えて準備する
家族が出はらった家の仕事部屋。寒くも暖かくもないくらいに室温を設定し、机の上を片付け、パソコンもオフ。
❷ストレスの度合いを数値化する
とありますが、アンケートがあるわけでもなく、自分の主観で判断します。本で示されている指標も、この程度の感じです。私のストレスの度合いは「9」くらいかな(仕事が溜まっているし)。
❸バイオラテラル音楽をかける
「バイオラテラル音楽ってなに?」と思いましたが、本の巻末にあるQRコードを読み取って流してみると、ごく普通のイージーリスニング曲。イヤホンで聴くと、ギターの音が左右に動いている(揺らいでいる?)ように聞こえます。
❹身体のリソースを見つける
とありますが、具体的には、身体に意識を向けて、皮膚や内臓などになにか感じる場所を探す。腕や背中、お腹に「あたたかい感じ」や「落ち着いた感じ」がある場合もあるし、「肩が張る」「胸が押し付けられる」といった場合もあるようですが、そのなかからなんとなく気持ちがいい、力強い、苦痛がない場所を決めます。そう言われても「どこが正しいのやら……」と、とまどいました。とりあえず、そのとき手のひらが熱かったので、手のひらに決めました。この場所を「身体のリソース」というそうです。
❺ 身体のリソースが強く感じられるスポットを見つける
一番大事なのが、ボーッと見るスポットを探すこの工程です。視線をイラストのように移動させます。コツは視線を水平(もしくは垂直)に保ちながら眼球を動かし、「左→中央→右(もしくは上→正面→下)」と動かし、「身体のリソース」を感じる部分を探すのです。私はすぐに手のひらがジワっとする感覚があり、比較的簡単にスポットを見つけました。右側の中央、少し外めです。
❻ スポットを眺めながら内面を観察する
じっと見続ける、といってもまばたきしてもいいし、眼球を動かさなければ目をつぶってもいいそうです。
そこからは無心……、といっても頭の中にはいろいろ浮かびます。貯金や手付かずの仕事、子どもの成績……。しかし、それをちょっと俯瞰(ふかん)する気持ちで、スポットを見続けます。私は、そこから15分くらいで終わりにしました。
終えてみると「スッキリ!」「気分爽快!」という感じではありません。サウナで「整ったぁ!」みたいな感覚を予想していたのですが、それとは異なります。あくまで「あ、ラクかも」という感覚です。「なにも手につかない」という状態から「さぁ、はじめよか」という気分、❷で「9」あったところが、「2」ぐらいになりました。ただし、これはあくまで私の感覚で、感じ方は人によって異なると思います。
なぜBSPによりトラウマを消すことができるのか? その解説にも多くページが割かれていますが、なかでも心身が元に戻ろうとする機能「ホメオスタシス(恒常性)」によるものとする説明が、興味深く感じました。そもそも人間が体に備えている機能を、効率的に引き出す手法としてBSPを捉えるといいのかもしれません。
また、セルフ・スポッティングを行ううえでの注意点、うまくいかない、感覚的な部分がよくわからないという場合のチェックポイント、アドバイスがたいへんわかりやすく書かれています。
ただ、本書でも注意喚起されていることですが、このセルフ・スポッティングを行うにあたっては、私のような「日常のトラウマ」レベルにとどめておくこと。心に大きな傷を残す深刻なトラウマの場合は、専門のカウンセラーに頼るべきで、その診療方法のひとつとしてBSPも選択肢として考えたほうがいいでしょう。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。