日々の暮らしの中でふと気づくと、算数や数学のお世話になっている。たとえばあさりの砂抜きやパスタを茹(ゆ)でる時の塩分量は、水と塩との割合が肝心だ。ほかにも書店員時代、内税で計算された書籍の価格から税と本体価格を割り出したい時には重宝したし、仕入れ率が異なる取引先の伝票を作成する際にも活躍してくれた。どれも単純な計算ではあるものの、作業を終えるたび、「ちゃんと知っていてよかった」と思った場面ばかり。そんな経験のおかげだろうか、本書に掲載されているような問題を目にすると、ついつい解いてみたくなる。
著者は、数学・数学教育を専門とする理学博士だ。東京理科大学理学部教授などを経て、現在は桜美林大学リベラルアーツ学群教授を務めているが、今年(2023年)の春に定年を迎えるという。45年にわたる大学教員人生を通じて、実に15000人以上の大学生に授業を行ってきた。一方、1990年代半ばからは小中高の約200校で、15000人以上の児童や生徒を対象に「出前授業」もしてきたそうだ。著者はそういった経験を踏まえた上で、こう断言する。
生徒や学生が算数・数学を本当に好きになる瞬間は、「計算が速い」「試験の点数が良い」と褒められたからなどではなく、何らかの「概念」(「問題」)を初めて理解(解決)したときとか、「面白い応用例」を自分のものにして喜んだときである。
だからこそ著者は、「解法の暗記」ではなく「数学を理解する」ことを重視する。本書は、webメディア「現代ビジネス」で連載された「数学間違い探し」の記事から、大学数学の基礎的なレベルを含む上級問題を除き、新たな問題を加えた計50題について加筆・修正したもの。記事の連載時には、「理解の学びの意義を『遊び』の要素をもって広く浸透させたい」という著者の強い思いがあったという。書籍化に伴い、本書には数学や著者の経験にちなんだコラムとイラストも散りばめられており、ちょっとした息抜きのコーナーにもなっている。
せっかくなので、紙とペンを用意して本書に挑んだ。するする解ける問題もあれば、まったく見当がつかず、「ああ、これって、授業を受けた時にもよくわからなかったところ……」と、苦い記憶が呼び起こされた問題もあった。そんな50題の中で、私が特に興味を惹かれたのは、「問11 賭け事の必勝法、その落とし穴」「問18 牛乳パックの謎」「問44 バーコードの下の数字には意味がある」の3つである。
問11では、解説後のコラム欄で「ねずみ講」が取り上げられていた。その流れのおかげで仕組みがわかっただけでなく、「ねずみ講」の恐ろしさも初めて身近に感じられた。また問18では、日常の体感と「謎」がリンクすることで、推論と実際のデータの違いがより際立ったのが面白く、解説もするっと腑(ふ)に落ちた。
問44は書籍の裏表紙に必ず付いている、なじみ深い数字のお話。昔、書店員の先輩から「最後の一桁は『チェックデジット』というんだよ」「各書籍のISBNが合っているかを確認するために重要な数字」と聞かされていたが、実際の計算式はこれまで知らず、今回ようやく理解することができた。
ほかにも「植木算」や「じゃんけんで有利な」手、そして「あみだくじに隠された秘密」など、知っておくと役に立ったり、思わず友達に話したくなったりする問題ばかり。ご家族で解いても盛り上がるかもしれない。紙とペンを用意して、ぜひ楽しんでほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。