文系だって物理にあこがれる
「自分は文系です」と言うときのあの申し訳なさはなんなのだろう。あえて文系科目を選んだわけじゃなく、私には取り付く島もないくらい数学が難しかったから、波に押し流されるように難しくない方へ向かっただけなのだ。とうとう物理には指一本触れず高校生活を終えた。つまり「数学や物理学が描く世界はどうなってるの?」と腰を据えて考えることをパスした。
でも大学で「どの学部に進んでも感動する瞬間があっただろうな」と思うようになった。しかも卒業後に出会ったプログラマやAI研究者はみな楽しそう。だから理系に対して背を向けちゃってごめんよ、という負い目とあこがれがずっとある。そしてブルーバックスを手に取るのだ。
『宇宙を解くパズル』も、そんなカジュアルなあこがれで読んでみることにした。
本書の狙いは、楽しいパズルを通してこの宇宙の法則のさまざまな側面を解き明かす旅路に、読者をお連れすることである。
ね? なんとも楽しそう。著者はハーバード大学の「ホリス数学・自然哲学教授」であるカムラン・バッファ先生。しかしなぜパズルなのだろう。本書の監訳者・大栗博司先生(私の周りにいる量子力学オタクたちはみな大栗先生のファンだ)の「監訳者まえがき」を引用したい。
本書は、バッファさんがハーバード大学の1年生を対象に、2012年から毎年開講してきた講座『物理学、数学、パズル』に基づいています。(中略)
この講座では、あらかじめパズルが宿題として出題され、毎回、学生がパズルの回答を発表するところから授業が始まります。そのあとでバッファさんが解答を批評し、そうしたパズルが物理学や数学の考え方とどのように結びついているのかを解説します。講座の最後の課題は、物理学や数学の概念を例示するオリジナルなパズルを考察することだそうです。
ハーバード大学の1年生のみなさんが取り組む宿題を、私はチャレンジしていいんだろうか。いや、ここでUターンしてしまうのはもったいない。そのためのブルーバックスじゃないか。それに大栗先生もこうおっしゃっている。
まずは適当なページを開いて、目にとまった問題文を読んだら、本を伏せて考えてみてください。すぐに解けなくても、解答を見ないで考え続けてみましょう。(中略)
そうして、いくつかのパズルを楽しんだら、物理学や数学の解説の部分も眺めてみましょう。教科書のように最初からきちんと読んでいこうとすると、難易度の高い話題でつまづくかもしれません。あらかじめパズルをつまみ食いしておくと、そうした抽象的な概念にもパズルの肉付けがされて、わかりやすくなるだろうと思います。
ということで、盛大につまみ食いをしてみることに。最初から「つまみ食いしてもいいですよ」と言ってもらえて本当によかった。正直に打ち明けるが「はて……」とヒョットコのような顔で読んでしまう項がたくさんある。目がキョロキョロする。でも、ちょっぴりでも解けると「自分にもわかる!」と感動するのだ。世界とつながった気持ちになれる。そしてその感動は別のパズルでひっくり返され、頭を抱えてしまう。やがて本書の副題を思い出した。
“「真理」は直観に反している”
知恵熱でジンジンするおでこをさすりながら「もしや、これは私にも直観があるということ?」と思って、妙に元気が出た。
1問解くのに最低3日かかる
「第1章 対称性と保存則」にはこんなパズルが用意されていた。
なんだかできそうな気がしませんか。ルールやパラメーターが明確。とくに「1回だけ量る」は一見むちゃな制約に思えるが、きっと大きなヒントだ。こうして3日間、電車の中でブツブツ考えた。「異常な箱がどれであるか」を知りたいのだから、箱に「犯人はお前だ!」と呼べるように背番号的な名前をつけよう。では「この錘は背番号3の箱出身です!」はどうやって把握する? 名札をつけても1回しか量れないのだから……気分は一休さんだ。答えはこちら。
錘の数=箱の番号。そして本来なら錘は1つ=1kg。名札なんかより明確に導き出せるじゃないか! そっかあ、と膝を打つ。
実はこのパズルの直前で「ニュートリノの発見」について紹介されている。ここを読むと錘のパズルのおもしろさがよりわかる。
ある粒子壊変(かいへん)では、エネルギーが保存されていないように思われていた(エネルギー保存則は粒子が壊変する際にも成り立つはずである)。その壊変によって飛び出してくる粒子のエネルギーをすべて足し合わせても、もとの粒子のエネルギーに足りないのだ。
そこでパウリは1930年、検出されていない微小な新粒子が存在していて、それがその不足分のエネルギーを人知れず運び去っているに違いないと予想した。そしてその粒子をニュートリノと名づけた。
「勘定が合わないのなら不足分の犯人を探せ!」ということだ。……ここまではよかったんですよ。感覚で「あれが怪しいな」とちょっと想像できる。「第2章 対称性の破れ」も、なんとなく「対称性が破れる」や「利き手」など、物理オタクがさらっと話してくれる物理の奇妙な世界の話がパズルに落とし込まれているので楽しい。
問題はここからだ。ものすごい迷路が待っていた。
答えを読んで「本当だ……(いや本当か……?)」と悩む
「良かれ悪しかれ、我々は習慣を持った生き物である。経験が心に刻まれて、認識が歪められる。(中略)数学に関して言うと、与えられた問題に対して、答えはこうであるはずだという先入観を持って挑んでしまうかもしれない」という言葉から始まる「第4章 直観に反する数学」のパズルになると、答えを読んでも「そうなの?」となる。
1メートルしかベルトが伸びないのなら、結構キツキツでは……と思った。ところが、だ。ネズミくらいは通れるし、やり方次第では高層ビルくらいの隙間も作れるのだ。嘘ではない、本当だ。とくに「高層ビルくらいの隙間」の答えは、ぜひ自分のお腹でも試してほしい。
このパズルもしびれた。
もはや手も足も出ない。このイラストの人と同じように真っ暗な部屋で棒立ちになった気分だよ。ところがこのパズルの答えは「初歩的な算数」だけで導き出せる。バッファ先生の解説を読んだあと頭の中で何度もコインを数えてみたが、たしかに解ける。魔法じゃない。おもしろい。友達にもやってもらいたい!
この章でコテンパンになったが、そんな私にバッファ先生の最後の言葉がしみる。
確率は直観に反することがとても多い。しかし、匙(さじ)を投げてはいけない。時間をかけて実践を積んでいけば、この手の問題にも慣れてきて、やがて直観に合ってくるだろう。
なお、第5章と第6章はこの物理バージョンが繰り広げられ、ますますヒョットコの顔になった。でも「第6章 直観に反する物理」にはみんなが大好きなタイムマシンも登場するので、ぜひチャレンジしてほしい。
アリで感じる双対性
「第7章 双対性」もとてもいい章だ。「かなりばつが悪いし、苛立たしい話」、「なぜ、どのようにしてうまくいくのかはわからないが、確かにうまくいく」、「数学的にはいまだ理解が進んでいない」といった言葉がちりばめられたこの章の主人公は双対性。本章では、バッファ先生と大栗先生が研究する弦理論での双対性の働きについても紹介されている。……が、私は、まずは「双対性って何さ?」というところからだ。
近年、数学や物理学では、複雑な問題をそれと等価な、つまり双対的なもっとずっと易(やさ)しい問題に置き換えようとする動きがたびたび見られる。その易しいほうの問題の答えを利用すると、複雑なほうの問題がほぼ自明になってしまい、もともと考えられていたよりもはるかに簡単だったことがわかるのだ。
出来のよいパズルもそういうもので、解くために必要なのは視点の転換。重要なのは、どのように、そしてどのような形で視点を転換するかである。
この「視点の転換」がよくわかる不思議なパズルを最後に紹介したい。「まさか!」と思う。
アリが20匹もいて、アリ同士が衝突すると方向転換をして……そんなことをしていたら、みんなポロポロとすぐに落っこちてしまうのでは?
双対性を活用した答えはこちら。
「アリの双対性を考え、衝突したときに中身が入れ替わって同じ方向に歩きつづけるととらえればいい」。そんなことが許されるのですか? というヒョットコの感想はさておき、個々のアリを区別しなければ、アリの衝突はなかったことにできる。なんてダイナミックなんだろう。視点の転換の一端をイメージできる楽しいパズルだ。
「むずかしい、わからない、でもおもしろい」とニコニコ言いながら宇宙の本をがんばって読む量子力学オタクは大勢いる。彼らが何を感じ取っているのかよくわからないが、楽しそうなのでいつもうらやましかった。『宇宙を解くパズル』のおかげで、私も「むずかしい、わからない、でもおもしろい」と、腕組みしてちょっとだけ言えるようになった。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。