鮮やかな謎解きを見るような感覚だった。その効果なのか、本書を読み終えた後では知ったつもりになっていた政財界の出来事が、点ではなく線として連なった形で見えてくる。
タイトルの「国商」とは、むろん葛西氏を指している。「国の方針や政策をいち早くつかんでビジネスにつなげる事業家」や「企業利益や私腹を肥やすために圧力を行使する」者を政商と呼ぶならば、葛西氏にそのイメージはないと著者はつづる。一方で氏の言動は「常に日本の前途を意識」しており、その姿勢を「憂国の士」として信奉する者も多かったというが、著者はそれに疑問を呈し、こう語る。
自ら進める事業や政治への介入が日本の国益になると信じて疑わない。しかし、現実には当人の願いが本当に正しいのか、疑わしい場面を多々見受けた。葛西の言動は単純に国士という賛辞だけで片づけられない。強いてその実像を表せば、政商ではなく、国商とでもいうべきではないだろうか。
本書は「スローニュース」で連載した内容を、大幅に加筆したもの。扉をめくった次のページには「葛西敬之 政官財界人脈図」が見開きで掲載され、葛西氏が関わってきた人々の名前と所属、主な肩書が並べられていた。政治家はともかく、官僚や国鉄・JR内の人物には詳しくない私にとって、この一覧は読書中の大きな助けとなった。
著者は大学卒業後、伊勢新聞社や「週刊新潮」編集部などを経て、2003年に独立した。その後はフリーのノンフィクション作家として、時代を代表する政治家や経営者、社会問題を取材し、多くの著書を執筆してきた。本書では、葛西氏が国鉄入社からどのような道を歩み、いかにして「国商」の立ち位置を得たのかを、丹念に記している。
全十一章の前半となる第五章までは、主に国鉄分割の経緯と労働組合との関係、新幹線品川駅の開業が描かれる。そして第六章以降では、官邸やNHK、官僚に対する影響力と安倍晋三氏への支持、リニア中央新幹線の開発にまつわる歴史と現状が語られた。そもそも「国鉄」だった時代を覚えていない身にとっては、そのほとんどが初耳の事実ばかり。そういう点で、本書は現代史でありながら、読み手の年齢によっては歴史書と言っても過言ではない。
ちなみに葛西氏の理念に関する話では、現在の国土交通省やJRの前身組織について、こんなくだりがあった。
鉄道省は明治維新以降、わけても戦前から戦中にかけ、まさに日本政府の背骨として機能した。国鉄キャリア官僚たちは、国家を背負う誇りを秘めたエリート中のエリートだった。国鉄に入社した葛西の国家観も、そこに根差している。
「鉄道省」という組織に対するイメージが皆無だった私には、意外な価値観だった。とはいえ政財界の中枢にいる人々にとっては、現在もまだ残る認識なのかもしれない。その上で「今の日本」が動いていることに思い至れば、おのずと彼らの行動原理も見えてくる。高学歴を入り口とし、大組織を足掛かりに血縁や地縁、学閥で形成される繋がりは、狭く強い。そんな場所で生き続ける彼らの目に、私たちのような一般人が映る余地はないのだろう。だからこそ生まれる数々の問題もまた、根深いように思われた。
奇しくも2022年は、葛西氏と安倍氏がこの世を去った年となった。二人の死は、さまざまな形で大きく影響を与え続けるだろう。だからこそ考えたい。日本という国で、権力を動かすとはどういうことなのか。そして彼らを注視するために必要なものは何か──。
それらを知るためにこそ、ジャーナリストの目と取材力、そして発表の場を守ることが重要だと、本書ははっきり示している。広告主として存在感のある相手に怯むことなく、今作を発表した著者と関係諸氏の努力に敬意を表したい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。