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2021.08.03

レビュー

排他と不寛容の時代──「匿名の悪意」の被害はもう止められないのか?

身障者と無人駅

本書のあとがきで、著者のひとり安田浩一さんが、JR伊東線来宮(きのみや)駅(静岡県熱海市)に赴かれたときの様子を描写されています。

来宮駅は無人駅で、ふだん駅員はいません。ホームから改札に至るためには、24段の階段を降りる必要がありますが、昇降用のエレベーターなどはもちろん備え付けられておらず、足の不自由な人はこの駅のホームで立ち往生するほかありません。

足に重い障がいを持つコラムニストの女性が、この駅の使用をJRに問い合わせたところ、「来宮駅は階段しかないので案内はできない」と言われたそうです。長い交渉の結果(本文にはサラッと書かれていますが、この「交渉」がとんでもなく時間を要し、空虚感や絶望感をともなうつらい作業であることは、容易に類推できます)、最終的に来宮駅の1つ手前の熱海駅で駅員が4人待っていて、「今回は特別」として来宮駅の階段移動を手伝ってくれたそうです。

彼女がすさまじいバッシングを受けたのはこの後でした。
「単なるクレーマー」「障がいを理由にしたわがまま」「駅員の負担を考えろ。感謝が足りない」「迷惑行為だ」。殺到する非難と中傷がプレッシャーとなり、彼女は一時、外出を控えるようになったそうです。

彼女同様、と言うと語弊がありますが、自分も足が悪いので、24段の階段しかない駅は利用できません。駅をどうしても使いたければ、それこそ嫌になるほど長い「交渉」を経なければなりません。交渉が続くあいだ、自分は世の中に受けいれられていないという現実に直面させられ、多くの人々がまるで不寛容だということ(つまり、すっげーちっちぇえってこと)を目のあたりにしなければなりません。
自分はおそらく、それに耐えることはできないでしょう。まずは来宮駅を利用せずに目的地に到達する手段はないか、それから探したでしょう。

こんなことは日常茶飯事で、めずらしいことでもありません。
「自分には行けない場所がある」
それは受けいれるしかないと思っています。おまえのそういうヘタレな態度が世の中をますます不寛容に排他的にするのだといわれればグウの音も出ませんが、社会正義をタテとして戦ったところで得られるのは長い長い「交渉」と絶望です。ちょっと割に合わないなあと感じています。

しかし、次の記述には、おおいに同感したいところがありました。

「駅員の労働荷重」を問題視するようなネットの書き込みも少なくなかったが、では、どれだけの人間が、これまで鉄道会社社員の労働問題に関心を払ってきたというのか。

これ、かなり多くの場面で実感します。アンタは駅員となんの関係もないじゃないか。駅員とともに苦労したわけでもなければ、待遇だってまるで知らない(知ろうとさえしない!)。会ったことはもちろんない。なんの利害関係もないくせに、意見だけは偉そうに言う。自分のしていることがおかしいって、どうして思わないんだ?

憎悪と嘲笑の濁流

著者のひとり青木理さんは、韓国に語学留学し、共同通信社に入社され、ソウル特派員をつとめられた経験もあるジャーナリストです。『安倍三代』ほか、多くの著書も執筆されています。
一方の安田浩一さんは雑誌記者として活躍された後、ヘイトスピーチを取り上げた『ネットと愛国』で講談社ノンフィクション賞を受賞されました。

本書は、この2名の対論をメインとし、主として韓国問題、沖縄問題をあつかっています。性差別や障がい者福祉などの問題にもふれています。いずれもセンシティブな問題であるため、それぞれの意見に100パーセント同意はできないという方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、あなたがこれらの問題についてどんな意見を持っていたとしても、「なぜ、今このような状況になっているのか」「今、なにが問題なのか」を知っておかなければはじまりません。すくなくとも自分は、そこから発せられた意見でなければ傾聴に値しないと考えています。その意味で本書は、これらの問題について発言したいあなたの、最高のテキストになるものです。

本書の眼目は、さらにそこから先にあります。著者2名が共有する危機意識をわかりやすい形で、少々乱暴に要約してみましょう。
勉強することもせず、なにがあったかも知らず、自分は決して被害をこうむることがない安全なところからただ感情のおもむくままに文句を言う。怠慢で不勉強で不寛容で排他的なやつら。そんなやつらが、どうして増えちまったんだ?

最近の一〇年から二〇年ほどの、この国の政治や社会に通底する気配を端的にあらわす言葉はなんだろうか。劣化とか沈滞とか忖度(そんたく)とか、時代の気配をすくいとる言葉はいくつも浮かんではくるが、私がたどりついたのはかなり昏(くら)い言葉である。排他と不寛容――。

ジャーナリズムに関しては、多くの方がそれぞれの印象を持たれているでしょう。それをいいとも悪いとも言うつもりはありませんが、本書のような意見が存在することが許されていることこそ、日本という国に希望がある証なのだ。自分はそう思います。

レビュアー

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草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/

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