つい先日、ニュースで「世界の人口が80億人を突破した」ことを知った。国連によれば、直近の11年で10億人が増えたという。一方、わが国では官房長官が、今年の9月までの出生数について「危機的状況である」とコメントしたばかり。増えても減ってもニュースになる人口変動の問題は、はたしていつ頃から、どういった形で注目を集めていたのだろうか。
その答えの一つが本書にあった。著者は現在、東京大学大学院経済学研究科准教授を務めており、経済学、経済学史、社会思想史、経済・社会哲学を専攻としている。それゆえ序文において著者は、本書の位置付けをこうつづっている。
本書は、人口が経済学においてどう論じられてきたのか、その背景となる社会的理想は何かを思想史の手法で研究した書である。ただ、著者の力量の制約から、主としてイギリスに焦点を絞っている。なお、人口の構造や動態の法則、メカニズムを明らかにする人口学という学問分野があるが、本書はその概説書ではない。また、人口経済学の概説書でもない(ただし、第五章で人口経済学を取り扱う)。
著者の言葉どおり全五章からなる本書では、「通史的に経済学の中での人口の役割を論じること」を課題としている。17世紀の重商主義の時代から現代に至るまで、近年進んだ研究成果の一部を踏まえながら、各時代を代表する経済学者の主張を丁寧に検討していく。その上で著者は、人口問題と統治、貿易、個人の自由、そして平等との関係など、多くのテーマを浮かび上がらせる。
ところで本書では、著名な思想家たちが次々と登場する。たとえば第一章ではイギリスの哲学者であるフランシス・ベーコンが、第二章では「経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスはもとより、『ペルシア人の手紙』『法の精神』を著したモンテスキューや、経験論で知られるデイヴィッド・ヒュームなど、まるで哲学史の本を読んでいるかのよう。恥ずかしながら本書を読むまで、彼らに「経済学者」のイメージは持っていなかったのだが、著者の解説により思想家たちの別の顔を知り、その認識を改めることになった。
また個人的に興味深かったのは、第四章で取り上げられた、19世紀後半の出産のあり方の変化についてだった。前提として、18世紀末から19世紀にかけて急激に増大したイギリスの人口問題があった。当時の経済学者であるトマス・ロバート・マルサスやJ・S・ミルはその状況を危惧し、「人口増大が抑止されれば労働者の生活状況が改善する」と考えたが、その後、イギリス経済には構造変化が生じて、人口増加率は低下していく。
その時期にはイギリスのみならず西ヨーロッパにおいて、出生率の減少が見られた。これは出産抑制傾向が強まったことによる。近代以前の社会でも出産抑制は試みられてきたが、それは結婚年齢を遅らせたり出産の間隔をあけたりすることで、出産制限に重点が置かれ、出産する子供の数そのものを計画的にコントロールするものではなかった。それが近代以降の新しい生殖パターンでは、望ましい子供の数の目標値が設定されるようになった。こうした「静かな革命」が広まったのが一九世紀後半から二〇世紀初頭のことであった(荻野1994,12-16)。
「出産制限」と聞くと、直近では中国で実施された「一人っ子政策」が頭に浮かぶ。だがそれより100年近く前に、ヨーロッパでそういった時代の流れがあったとは。この時期の転換によって、それまで人口増大を前提に考えられていた経済理論が、その内実を変える必要性に迫られたという。
第五章と結語では、現代の経済学から論じられる人口と、人口減少社会に対する著者の提言が説かれている。「人口を考える場合にどのような制度が望ましいのか」、その内容には本書を通読した上で、ぜひ触れてみてほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。