ようこそ、白バイの世界へ
「違反者は大事なお客さま」「出世も異動も、売上金額次第」「今日もニコニコ、違反ドライバーの罵詈雑言(ばりぞうごん)をかわします」……。
なんの話だろうか。答えは「白バイ隊員」だ。白バイは絵になる。迫力があってかっこいい。なんといっても白バイの「白」は「正義と平和」を表す色なのだ。一方で、厳しい取り締まりを受けた経験から、彼らを「苦手」「嫌い」と感じている人もいるかもしれない。いずれにしても冒頭の話は、世間の白バイのイメージと違いすぎる!
そんな白バイ隊員の日常を綴った『白バイ隊員 交通取り締まり とほほ日記』著者の“洋吾”さんは、元警視庁白バイ隊員。
私は退職までの33年間、警視庁の警察官として勤めてきた。しかもそのうちの大半、約22年間は白バイ乗りだった。
白バイ隊員の成績や評価は、取り締まり件数がすべてだという。そんな中、洋吾さんは3年連続で警視庁トップの取り締まり件数を記録し、警視総監じきじきに表彰を受けた経験をもつ。だから語れる「白バイ界の現実」を見せてくれるのがこの本だ。「とほほ」な時もありながら、日々の仕事に真剣に向き合う、白バイ隊員たちの世界を垣間見せてくれる。
白バイは腕ではなくて口で乗る
第1章「白バイ隊員だってつらいのよ」で語られるのは、白バイ隊員たちの、日々の仕事への向き合い方だ。
白バイ隊員が交通違反の取り締まり切符を切り、違反者からサインをもらう過程には気苦労が絶えないという。
この時、心の中で願うのは、「頼むからサインしてくれよ……」である。
違反者に切符を渡す瞬間の白バイ隊員は、私の想像よりずっと腰が低い。
「取り締まり件数がすべて」の白バイ隊員たちも、違反者を捕まえれば万事OK!というわけではない。彼らには取り締まり件数のノルマが課せられているが、交通切符作成とその後の処理には、少なくとも1件あたり10分~15分程度を要する。違反者のタイプや状況によっては、1件の実績に、2~3時間、または半日かかってしまうこともある。限られた活動時間内でノルマを達成するには、いかに1件当たりの時間を短縮するかがカギとなり、丁寧な口調も、その工夫の一環なのだ。違反者からの罵詈雑言に心が折れそうになったり、「弾込め」と呼ばれる仕込み作業を行ったり……。この章では、白バイ隊員と違反者たちの攻防が描かれている。工夫を凝らして職務に当たる様子はまさに「腕ではなくて、口で乗る」だ。
本書には、「弾込め」をはじめ、「クソつかみ案件」「亀の子事案」といった、数々の白バイ隊員の専門用語が登場し、それらの意味は各ページ下に注釈として添えられている。洋吾さんたち白バイ隊員の方々には「とほほ」であろうエピソードも少なくないが、ここだけ読んでもクスっと笑える面白さがある。
苦しくて楽しいトレーニング
本書では、「とほほ」な面だけでなく、白バイ隊員のカッコいい面も堪能(たんのう)できる。「白バイ」と検索すれば「なりかた」とサジェストされるほど、白バイ隊員にあこがれを抱く人は多い。例えば、こちらは洋吾さんの担当した歴代の白バイだ。
白バイそのものはもちろん、それをキリリとした姿勢で乗りこなす白バイ隊員の方々にも、つい目を奪われるカッコよさがある。しかしそこまでの道のりは厳しい。白バイ隊員に必須の「白バイ養成訓練」は、選考をパスした者だけが受けることができる、厳しい訓練だ。
「この講習は、警視庁で一番人権がない講習だからな!」
講習初日に、指導員が私たち、訓練生に言い放った言葉だ。その講習とは……、そう白バイ講習だ。
「白バイはかっこよく乗らないといけない」と、洋吾さんは言う。白バイ訓練には、運転テクニックだけでなく、基本の乗車姿勢を徹底的に叩き込む「乗車姿勢」の訓練もあるというのが、少し意外だった。白バイ隊員のカッコよさは、厳しい規律を守るゆえのストイックさによるものだと思っていたのだ。訓練の様子を見てみよう。写真を見ると難なくこなしているように見えるが、
乗車中の姿勢訓練。タンクをニーグリップして中腰に……、この状態を45分間ぶっ通し維持である。
というハードさだ。
そして、運転テクニックに関する訓練はこんな感じ。こちらもさらりとやっているように見えて、どれも高度な運転テクニックが必要な訓練ということが、本文を読むとよくわかる。
なお、写真の訓練生が身につけているゼッケンは、遠目でも彼らを識別するためのものなのだが
ちなみに4番、13番は不吉番号ってことで使用されなかった。殉職率の高い白バイ界は、こういうのにこだわるのであった。
さらりと言及されるこんなゲン担ぎにも、白バイ隊員たちが厳しい訓練を乗り越える理由の一端がある気がして、ハッとしたことも書き添えておきたい。
白バイ隊員の本当の姿を知る
「警察組織について」の書籍は多々あるが、「白バイ隊員」に関する本は珍しいのではないだろうか。この本は「目にはするけど、謎の多い存在」だった白バイ隊員たちのことを、明るく読みやすい文章で教えてくれる。さらに、「一人の人間」としての白バイ隊員たちに、親しみを持たせてくれる1冊だ。
路上にいる姿は、キリリとして見える白バイ隊員も、実は内心ドキドキしていたり、ノルマがこなせなくて落ち込んでいたり……、また時には、やる気が起きず怠けたり、あるいはちょいと悪さをしでかしたり……と、どこにでもいる血の通った一人の人間なのです。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019