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2022.09.16

レビュー

一生懸命勉強しても英語が身につかないと悩む人へ── 英語は単語で覚えるな!

「Just a moment, please」──私が書店員として働いていた時、もっとも口にした英語の定型文だろう。「お客様から問い合わせを受けたら、何も言わずにその場を離れてはいけない。必ず『少々お待ちください』と言ってから動くこと」──先輩からそう教わったものの、英語での接客となると慌(あわ)ててしまい、とっさのひと言が出てこない。だから入社してしばらくは、事あるごとに唱えていた。英語が苦手な私にとって、お守りのような言葉だった。

タイトルの通り、本書の主眼は定型表現(formulaic sequences)の学習法にある。定型表現とは、「2語以上のまとまりで特定の意味を持つ」フレーズを指す。恣意的な制約を持ち、規則で説明できない現象が多く見られる定型表現は、文法や単語といった規則性を持つジャンルに押され、教育の場でも言語学研究の場でも長らく軽視されてきたという。だが近年になり、新たな事実がわかってきた。

技術が進歩し、大量のテキストをコンピュータで分析できるようになると、書き言葉・話し言葉の多くが、実は定型表現で構成されていることが明らかになってきました。母語話者の書いたり話したりした言葉のうち、5~8割程度が定型表現で構成されているという推計もあります。

たとえば「スマホの予測変換」は、時に私たちの予想以上に適切な表現を提案してくることがある。それもまた、「産出された語句の後にどのような語が続くか」がわかる、定型表現の特性を踏まえたものだという。

著者は現在、立教大学異文化コミュニケーション学部・異文化コミュニケーション研究科の准教授であり、同大学の英語教育研究所所長も務めている。言語学の中でも、特に第二言語(外国語)における語彙習得に関する研究を続け、その成果を論文や書籍の形で発表してきた。それでも、過去の著作では叶わなかった「定型表現の重要性やその学習法を、もっと詳しく、わかりやすく解説したい」という著者の思いが、本書では余すことなくつづられている。

さて第1章には、「定型表現を学習する8つの利点」が挙げられている。

その利点の3つ目、「言語を使って様々な機能を遂行できるようになる」のくだりで、こんな例が挙げられていた。

What a shame!は、「何てひどいことだ、全くかわいそうだ[残念だ]」という意味の定型表現です。例えば、What a shame it didn't work out. だと、「うまくいかなかったとは残念でしたね」という意味です。しかし、shame=「恥、恥さらし」という知識しかないと、「成功しなかったとは、とんだ恥さらしだ」と非難されていると勘違いしてしまうかもしれません。What a shame!という定型表現が同情を示すことを知っていれば、このような誤解は防げるでしょう。

このたとえ話のように、私は友人から「What a shame!!」と、話の流れで言われたことがある。知識のなかった私はその定型表現が理解できず、「えっ、恥? なんで恥?  私、何か恥ずかしいことしたの?」と動揺してしまった。だがもちろん友人は、私を気遣(きづか)ってくれてのひと言。単語の意味だけは知っていても、成り立たないコミュニケーションはもどかしく、情けなかった。

続く第2章では定型表現の分類と特徴が、そして第3章では「聞く力(リスニング)」「読む力(リーディング)」「書く力(ライティング)」「話す力(スピーキング)」という英語の4技能を伸ばす、定型表現の学習法が数多く取り上げられている。この第3章には本書の半分ほどのページが割かれており、webサービスのキャプチャー画面と共に次々と挙げられる具体的な使用法は、圧巻の情報量。著者の熱い思いが伝わってくるようだった。

英語の勉強法を模索している学生の方はもちろん、「英語をもう一度学びなおしたい」という方にも薦めたい本書。これまでの学び方とは異なる方法に触れることで、新たな英語学習の一歩を見つけたい。

レビュアー

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田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている

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