多かれ少なかれ「学校」という場所での理不尽の洗礼は、誰でも何か受けた記憶があるだろう。私はというと、たとえばニュースで見るような、厳しい校則のある学校に通った経験はない。それでも中学校では「髪を結ぶゴム」や靴下の色が指定されていて、入学前にもらった案内書でそれを知った時、不思議に感じたことを思い出した。「小学校ではそんなルール、全然なかったのに。なんでこんなことまで決まってるんだろう?」──そんな疑問を持ちつつも結局は言葉にすることなく、中学生になった私は徐々になじんでいった。「ここはそういうことを大事にする場所」なんだ、と。
そういう意味では、帯にある「『従順な子』をつくる教育は終わりにしよう」という言葉も耳が痛かった。たしかに、私は「従順」だった。不思議に思っても抗うことなく、なんとなく受け入れたまま、3年間を過ごしたのだから。そんな身にとってみれば本書の内容は、「理不尽への抗い方」の戦略的な指南であり、かすかに浮かんだ疑問を消すことなく大事にする方法でもあった。
著者の1人である鴻上氏は、作家・演出家として活躍するかたわら、学校教育や校則問題について常に関心を抱き続けてきた。一方の工藤氏は、山形県の公立中学校で教員生活をスタートした後、東京都の公立中学校へと移り、各区の教育委員会、校長職を経て、現在は横浜創英中学・高等学校の校長を務めている。
この2人による異色の対談が決まったのは、鴻上氏が司会を担当していたテレビ番組で、工藤氏が当時校長を務めていた麹町中学校(東京都千代田区)について取り上げたことがきっかけだったという。生徒の自律性を重視し、宿題や定期テスト、頭髪や服装に関する校則をも廃止したという麹町中の取り組みに興味を持った鴻上氏が、2021年1月2日に工藤氏へ1通のメールを送った。この時点で、2人の間にまだ面識はなかったそうだ。突然の連絡を受け取った工藤氏は、当時の様子をこんな風に振り返っている。
僕がこのメールを返信したのは一月三日のことですが、翌日の一月四日の鴻上さんからのメールでは、「まだまだ話したいことがあるので、対談本をつくりましょう」ということになり、一月六日には「出版社が決まりました」とありました。そして、この本が作られることになったわけです(笑)。
鴻上氏の熱意と勢いが伝わってくるエピソードであり、その思いに年明け早々、いち早く応えた担当者もすばらしい。おかげで私たち読者は、こうして2人のやり取りを読むことができている。
そんな情熱から生まれた本書は全四章から構成され、校則の問題を皮切りに、学校という場を生徒や教師、個人と集団、親と子、教員同士、子ども同士といった、さまざまな集団と立場、状況で切り分け、考えていく。前半の章では、鴻上氏が中学生の頃から感じてきた校則や理不尽に対する憤りを、今でも変わらず持ち続けていることが、言葉だけでなく行間からも伝わってくる。その姿は時に「少年」のようにも見え、だから2人のやり取りはある意味で、時を超えた「生徒と先生」の対談のようにも映った。
納得しきれない場面では、ひるむことなく「でも」と切り返す鴻上氏に対し、工藤氏は考えを受け止めつつも、自身の選んできた道と方法を諭すように粘り強く伝え続ける。たとえば校則の問題については、ただそれだけを切り口にしても仕方がない、必要なのは対話であり、大人が作った問題に子どもをはめこみたくはない、と工藤氏は話す。そうして問題の本質を明確にしていく中で、教員には指導すべき優先順位を具体的に考えさせ、価値観や固定観念を変えていく方法を伝授する。
工藤 (前略)変えていかなければならない大事なことは他にあるのだから、まずは闘いやすいところから取り組むべき、ということです。
鴻上 闘いやすいところからですか。
工藤 はい。絶対みんながノーと言わないところです。
鴻上 命の問題ですね、まずは。
工藤 はい、誰もが肯定せざるを得ない問題から投じればよいのです。共通の目的を探し出す対話が組織の中でおこなわれると、いろいろな局面で応用されていきます。そうなるといつのまにか頭髪や服装に関しても、意識がどんどん変わっていきますよ。そうした過程を経験していない人、目的を理解していない人は、闘っちゃうんですよ。皆の前で俺は正しいのだと豪語し、小さな問題を切り口に闘ってしまう。
これは学校だけでなく、組織に属する人にも武器になる考え方かもしれない。こんな風に対話を重ねる内、鴻上氏の「なるほど」という言葉が増えていく。
ほかの話題では、ディスレクシア(読み書きに困難を伴う症状)の子が、ノートを取る代わりに認められたパソコンの使用によって、その学習速度を劇的に進化させていく様子などは興味深い事例だった。最初から最後まで、とにかく縦横無尽に話が続く。もちろん、「すぐに実践できる」といった類のものではないにせよ、本書を読むことで励まされ、救われる人は多くいるように思う。教育や学校の現状への視点を変え、新たな立ち向かい方がほしいと願う人にこそ、届いてほしい1冊だった。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。