世界を見る目が変わる漢字ドリル
小学生の頃「漢字100問テスト」をとても恐れていた。数十年経ってもまだ覚えているのだからよっぽどだ。でもあらためて思い出すと実はいいテストだったと思う。まず小学生の心をくすぐる「100」という数字がいい。挑戦的かつ圧がある。ほぼ無限ですよ、8歳にとっての100なんて。あと採点基準も明瞭だ。漢字1文字1点。おかげで日々がんばってテストに臨み、漢字も身についた。しんどかったけど。
そう、しんどいのだ。漢字を覚えるのは。でもしんどさを楽しさが上回ることは可能だ。ということで『漢字ハンターズドリル』を紹介したい。びっくりした。本当に楽しい。現実の世界にゲームの世界を重ねて遊ぶうちに漢字を好きになる。
まず遊び方説明の段階ですでに楽しい本だ。ゲームの攻略本のようなのだ。
『漢字ハンターズドリル』は、街中や家の中にある無数の漢字を見つける試練と冒険の書。
この世は漢字の狩り場! たしかに街は漢字でいっぱい。
「どこで見つかるか」を考えてハント。完全に冒険だ。
ゲームを進める上で鍵になる重要アイテム(漢字)も存在する。いい。漢字が宝物に見えてくる。
そしてルールも素晴らしい。ゲームを安全に最大限楽しむために「やってはいけないこと」、「やっていいこと」、「オススメすること」、「オススメしないこと」を美しく盛り込んでいる。
どれも大切なルール。個人的には掟その三「本の中に印刷された漢字のハントはオススメしない!」が好きだ。辞書を引いちゃったら一発だもんね、それじゃつまらない。掟その四「家族や友達に報告しよう!」や掟その五「見つけた場所をメモしておこう!」もゲームの継続率に関わりそうだ。
ドリル(というか冒険の書)は、こんな感じ。
ゲームですからね、ちゃんとかっこいい竜がいます。そしてハントすべき漢字には、それぞれ読み方、部首、画数、習う学年、漢検のレベルが表示されている。いい、燃える。ゲームと学習が気持ちよくミックスされたドリルだ。
それもそのはず、本書を作ったクロスエデュケーションラボは、ゲームなど身近なものの教育的側面や学習効果を研究して実社会に取り入れる提案をする専門家集団。小学校教諭、個別指導塾の教師(そして競技かるたの名人)、大手ゲーム会社出身のプランナー、そしてゲーミフィケーションの研究者といったメンバーで構成されている。
虫取りをするように漢字を探して街を歩けば、漢字は「覚えなきゃいけない複雑な文字」じゃなくなる。登場する漢字は総勢714文字! いいなあ、漢字100問テストにおびえていた当時の私にプレゼントしたいよ。
「優しさ」はどこ?
ゲーマーの端くれとして実際に遊んでみることにした。大人でも燃える。いざ探そうとすると意外と見つからないのだ。どこ行った!? ってなる。
そう、このゲームのコツは「あの漢字はどこ?」と念じながら生活することだ。すると「ハイヒール履いてスタスタ歩いてますけど実は私、漢字ハンターなんですよ」という日々を送ることになる。
たとえば「人の章」の人の漢字の最後のページには「僧」と「億」と「優」がいる。
「僧、いないなあ。お寺に行けばお坊さんのついでに漢字の僧にも会えるかな」と思いながらジムで背中のトレーニングをしていたら、なんとそこに「僧」がいた。僧帽筋に効くマシンであるとの説明書きがあったのだ。漢字ハンターの掟その五を守って「漢字を見つけた場所メモ」を記すとハント感が増す。
「億」を発見した瞬間はこちら。
いた! パッケージを捨てる前でよかった! 億は宝くじのコーナーにもいそうだ。
で、問題は「優」だった。意外といない。さすが「超レア!」と謳(うた)われるだけある。なぜなら「優しさ」は「やさしさ」とひらがなで表記されていることが多いからだ。「肌にやさしい」とかね。優しさをソフトに伝えたい人の気持ちはわかるが、漢字ハンターとしては大変惜しい表現だ。
「優」をなめてた。この広い世界に優しさはないものか、いっそ「最優秀主演男優賞の優太郎」とか出てこないかな、さあ困った……と思っていたら!
出た! こんなところに! しかも丼にもれんげにもいる! このあと電車の優先席の案内表示でも「優」を見つけた。見つかるときは一気に出てくるんだよなあ。たった3つの漢字を探すだけでこれだけのドラマが生まれた。
ということで、生活が大変おもしろくなるゲームなのでぜひやってほしい。今まさに漢字を覚えるべく励んでいる小学生のみなさんなら、夏休みにじっくり取り組むのもいいはず。
そういえば漢字が読めない頃は「読めない文字がいっぱいある世界」が不思議な空間に思えた。その不思議な世界でめいっぱい遊んで学べる良書だ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。