「考える」とは何か
漠然と「もっと賢くなりたい」「深く考えられるようになりたい」と思うものの、自分が「何を」「どのように」学べばそうなれるのか、イメージがわかない。学びになる本を求めて書店に出かけても、マンガや小説を楽しむときとは違い、何を読めば自分の知りたいことへの答えを得られるのか見当がつかないこともある。迷った上に身銭を切って買った本を「読んだ」つもりでも、それが本の字面を追うだけであれば、ほとんど頭に残らない。資格試験にチャレンジしたときは「試験に受かる」という明確な目標があったにも関わらず、そもそも勉強の仕方がよくわからないといったこともあった。大人になってからの学びって難しい。
『独学の思考法 地頭を鍛える「考える技術」』は、若き哲学者が伝授する「知の技法」だ。
とても論理的で実践的だし、なにより「そうだったのか!」と視野が開ける瞬間がたくさんある。
著者である山野弘樹さんは、上智大学を卒業後東京大学大学院に進み、現在は同大学院博士課程、および日本学術振興会特別研究員DC1、「東京大学共生のための国際哲学研究センター(UTCP)」リサーチ・アシスタントを務めている。哲学を専門とし、「哲学の知と実社会を繋ぐ」理念のもと、哲学の意義と魅力を世に広く発信している。山野さんは言う。
独学こそ「自ら思考する力」が本質的に試されるのです。
独学には、「テスト勉強や資格試験のように目標がはっきりした『達成のための独学』」と、「学びのプロセス自体を自分なりに考えることが求められる『探求のための独学』」の2種類がある。
本書が教えてくれるのは、後者にあたる「探求のための独学」を効果的に深めるためのコツ、「考える技術」だ。
本書では「そもそも『考える』とは何をすることか?」、「何をすれば、人は『考えた』ことになるのか?」という問題について真正面から考えていきます。言い換えれば本書は、「考えるとは何か?」ということについて徹底的に考える本に他ならないのです。
単なる読書と区別される「思索」とは
世の中に「考えること」をテーマにした本はたくさんあるが、例えばクリティカル・シンキングについての本であっても「批判的に考えるとはどういうことか?」、ロジカル・シンキングについての本であれば「論理的に考えるとはどういうことか?」という根本的な問いに答えている本は少ない。また、読書量は知識量に直結し、本を読めば読むほど思考も深まると考えられがちでもある。
山野さんにも「知識を収集すること自体が人間の思考力を高める」と信じ、読んだ本を積み上げた高さがそのまま思考を重ねた量だと考えていた時期があるという。しかし、大学の図書館でショーペンハウアーの「読書について」という本に出合い、「この本は自分について書かれている」と強い衝撃を受けたという。そこにはこう記されていた。
読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。
読書を続けていくと、他人の思想が頭脳に流れ込み、まとまった思想を自分で生み出そうとする思索を妨害する。他人の思索の痕跡を追いかけている状態は、知識によって思考が支配されている。本を読むことは、他人の考えた過程を反復的になぞっている状態である、というショーペンハウアーの洞察は辛辣だ。
しかしこれは「独学には本は必要ない」という意味ではない。先人の思索の足跡といえる「本」を全く顧みない状態では、「自分なりの思索」への足がかりがない。「考える力」を身に着けるには、本に対して問いを投げかけ、一歩ずつその本の筆者の思索をたどり直す必要があるのだ。
「考える」とは「走ること」
「考えるとは何をどうすることなのか」という問いに、はじめから明確な答えを持つ人は少ないだろう。
「知識の収集ではなく、思索を展開することが思考の本質であり、そのためには、『足跡』(本)と共に、一緒に走る(思索する)ことが必要」と、「考えること」をきちんと定義したうえで実践に入るのが本書の大きな魅力だ。
本書は「独学」のための、5つの考える技術と3つの対話的思考を伝授してくれる。目から鱗が何枚か落ちたのは、「思考の出発点は『問いを立てる』こと」として、9種類の「問い」があげられたところだ。ここでの「問い」にはこんな役割がある。
思考の出発点は、何を置いても問いを立てることに他なりません。他者と議論をしているときや読書をしているときに、「どうして~~なのか?」、「そもそも〇〇とは何なのか?」と問うことによってこそ、はじめて人間の思考は能動的に働き始めます。
「問い」には、思考を誘発する力があります。
このように「思考を駆動させる際の道しるべ」を作るステップは、これまでの「考える」をテーマにした類書ではなかなか見られない。これらの問いについて、「思考の抜け漏れを防ぐ」「お互いの持つイメージのすり合わせができる」など、各々のメリットがあげられているのも、また良い。
「自ら思考する力」の習得のあとに、独学の営みをさらに効果的に行うための「対話的思考」習得の3ステップがあげられるが、ここでも折に触れて立てた「問い」への反復が行われ、「問いを立てる」ことの大切さと難しさを感じる。
独学に限らず、何かに取り組む際に「目標」は設定するのに、自分がいる「現在地」を意識することは少なかった。方針を立てるには、目標だけでなく現在地を知ることも必須であるというのに。第一歩となる問いをどう始めるかは実に重要で、ここで躓けば先に進むことはできないし、前進しているつもりが、気づけば間違った道にいることもあるかもしれない。 逆に言えば、うまく「問いを立てる」ことができれば、求める答えに早くたどり着くことができるのではないだろうか。
「哲学」で自分の学びに向き合う
この本は分節や要約のやり方、ロジックをつなげて議論を作る「論証」の技術から、「問い」によって他者に寄り添う方法、対話の仕方まで、全体を通じて様々な解説が行き届いている1冊だ。「本当に頭のいい人が、その頭の使い方をあますところなく整理・図解してくれた本」という印象を受けた。
この本について、山野さんは次のように語る。「はじめに」の中の1節だが、本書を最後まで読み終えたのちにここを再読すると、なぜあれほど「問い」を立てることが重要とされたか、改めて腑(ふ)に落ちたのだ。
いわば「哲学」とは、「常識」の中に埋もれてしまっている「問い」を見つけだし、それを言語化することで、オリジナルな思考を構築し、自分の学び=独学に真摯(しんし)に向き合うための最良の技法なのです。(中略)
その意味で本書は、独学の方法を伝える独学本であると同時に、地頭を鍛えるための哲学書でもあるという、「一粒で二度おいしい著作」なのです。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019