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2022.01.01

レビュー

【山中伸弥×藤井聡太】挑戦し続ける偉才が語る、強くならなければ見えない景色

「何をしたらあんなふうに突き抜けられるんだろうね」。
こんな風に、天才とそれ以外(自分)の差に思いを巡らせたことはないだろうか。
『挑戦 常識のブレーキをはずせ』は、2021年11月に史上最年少で四冠を達成した藤井聡太氏と、iPS細胞の研究で2012年にノーベル賞を受賞した山中伸弥氏の対談をまとめた1冊だ。分野は違うが、それぞれの世界の最前線で挑戦を続ける2人に共通する日常の準備、学び方、メンタルの持ち方とは。本書では、「天才」かつ、「トップランナー」の思考の一端を垣間見ることができる。

引き出される「強さの秘密」

2021年1月末、「将棋に専念したい」と、在学していた高校を中途退学した藤井氏。本書には、その真意を語った様子が収録されている。
コロナ禍の影響で、対局の再開と学校の再開が重なり、高校の出席日数が足りなくなってしまった。将棋にさらにきちんと取り組んでいきたいという思いもあった藤井氏は、高校の自主退学を決めたという。

入学したときから、卒業すること自体は必須ではないというか、それほどこだわっていなかったので。将棋だけだと、どこかで行き詰まってしまうことがあるかもしれないので、高校ではやはりそういった時のために視野を広げるというか、そういうことができたらいいなと考えていました。

さらに、藤井氏は、こうも続ける。

中学までは義務教育でしたけど、高校からは違うので、高校に行くことの意味、意義をしっかり考えて行かないといけないと思っていました。なんとなく行っていたのでは無駄になってしまうというか、益の薄いものになってしまうので。

高校は義務教育ではないが、ほとんどの家庭では「子を高校に行かせない」という選択肢はないだろう。それだけに、高校に行くことの意味、意義を考えている子はそう多くないはず。藤井氏は、「高校は視野を広げるためのもの」と考えていたからこそ、2ヵ月後の卒業を待たず退学するという決断ができたのだろう。とはいえ、学校生活をおろそかにしていたわけではなく、高校の授業中に将棋のことに気を取られたり、盤面が頭に浮かぶことはほとんどなかったそう。天才と呼ばれる人は目の前「今」に集中できる人なのではないだろうかと感じた。

藤井氏と山中氏の年齢差は40歳。しかし、対談中の山中氏は、「藤井くん」ではなく「藤井さん」と呼ぶ。行間から「大人と子供」ではない、対等な空気を感じる。山中氏は好きな教科や音楽の話、ユーモアを交え、藤井氏の強さの秘密を引きだしていく。

負けからの学び

「負けからの学び」を、年齢も職業もまるで違う両者がそれぞれに口にしているのが面白い。

山中氏は「研究生活は失敗するのが普通で、思い通りにはいかない。そのせいか、レジリエンス(回復力)・忍耐力が強い人が多い」と分析する。

やっぱり、負けたところからどれだけ学べるかにかかってますよね。僕たち研究者も、思い通りにいかなかった実験、予想外の結果になった実験をどれだけ大切にできるか。たとえ予想と違っても、結果をどれだけちゃんと記録して、ちゃんと解析もするか。そこから本当に思いがけないことにつながりますから。

負けたことはできるだけ忘れたくなるものだが、その記録からどれだけ学べるかが大事……。「研究者」の根性、ストイックさが山中氏の優しい語り口調からのぞく。

一方、負けず嫌いな性格で、幼いころ、普段は泣き虫ではないのに、将棋で負けるたびに号泣して周囲の目をひいたという藤井氏も、「負けた将棋」についてこう語る。

勝った将棋に関しては、それはもう過去のことなので。それを振り返るというよりは、やはり負けた将棋から反省点を抽出して、次につなげることのほうが大事なのかなと思います。(中略)
初めて形勢が動いたところはどこか。そこは振り返る時にいちばん重視するところです。(中略)
基本的に悪手を指さずに負けることはないので。やはり自分が負けた将棋は、もちろん必ずどこかで間違えているというのは確かなんですけど、その中で相手にやはりうまく指されてしまった、という対局は記憶に残りますね。

藤井氏のこんな「負けた将棋へのこだわり」を、そのまま写真にしたような1枚がある。2017年の叡王戦・深浦九段戦で逆転負けした時の写真だ。普段の藤井氏の大人びた様子からは想像できない、全身全霊の打ちひしがれぶりに驚く。ぜひ本書で見てほしい。

深く知りすぎなかったから、発見につながる

山中氏といえばiPS細胞だ。「深く知りすぎなかったから、常識外の方法でiPS細胞を発見できた」のだという。

「知らぬが仏」という言葉があるでしょう。それと一緒で、知っていたら怖くてできないようなことも、知らないからできてしまうことがあるんですね。

ここで、工学部出身の学生のある一言がきっかけとなった、「コロンブスの卵」的なiPS細胞樹立のエピソードが語られる。
他分野の人から影響を受けることや常識外の試みが新しい発見につながる。研究者としての山中氏の体験から語られるこうした言葉は力強い。ある分野に精通するほど、新鮮な驚きは消え、常識外のことを試す機会も減る。知識と一緒に固定観念も増えてしまうものだ。そしてそこにとらわれずにいることは難しい。山中氏はこう続ける。

何をやったらいいという正解はない。でも何もしないということだけはやめてほしい。どんなことでも夢中になれることがあったら、それがどんな結果になっても、必ず自分の成長につながっていきますから。

対談の中で「強くなるには」「ベストを尽くすには」といった、直接的な問いかけがされているわけではない。しかし、本書でのお2人のやり取りの中から、自然と、天才と呼ばれる人々の「哲学」「心の持ち方」のようなものを感じ取ることができる。まだ誰も見たことのない景色を見るための大きな挑戦を、心から応援したくなるだろう。

挑戦 常識のブレーキをはずせ

著 : 藤井 聡太
著 : 山中 伸弥

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レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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