写真を見たことはあるけれど……
世界史や英語の教科書にも出てくるこの本の表紙の写真は、ベトナム戦争末期の1972年に撮られ、世界中に配信され衝撃を与え、ピュリッツァー賞も受賞。私の勤務する高校図書館で生徒にこの写真を知っているかと聞いてみたら「写真を見たことがある」と答えた生徒が何人もいました。しかし、私も含めて、この写真の被写体、キム・フックさんが、ナパーム弾で大火傷を負い一命をとりとめた後、どう生きてきたかというその後の人生を知る機会はなく、この本に描かれたキム・フックさんの人生はとてもセンセーショナルでした。
キム・フックさんの数奇な人生
ナパーム弾を浴び、キム・フックさんが一命を取り留めて自宅に戻ってからも、彼女の肉体的な痛みや苦しさはずっと続きました。皮膚が硬く分厚くなったことで、動くのも苦しく、その上、身体の約三分の一は火傷を負った患部の汗腺が失われたため、汗をかけない。「同級生が30~45分でできる作業が、私には少なくとも2時間かかった」と彼女は振り返ります。
カナダへの亡命
キム・フックさんは自分の経験を生かして、医師になりたいと勉強に励みます。ところが、サイゴン陥落後、南北ベトナムを統一した社会主義政権は「反米」を掲げ、彼女はその道具として使われるようになり、大学を辞めなくてはいけなくなる。政府の監視の目を逃れるために彼女がとった行動は…。
2人の交流
この本が他の本と違うのは、被写体であるキム・フックさんの人生だけでなく、写真の撮影者 ベトナム人記者ニックさんの半生が描かれているところ。AP通信の記者として日本にもいたことがあるニックさんも数奇な運命をたどっていて、交錯する2人の人生はお芝居を見ているようでした。
戦争とはなにか、自由とはなにか
朝日新聞の記者である著者は、この写真を撮ったニックさんとロサンゼルスで出会い、ニックさんからキム・フックさんを紹介され、親交を持つうちに、2人の人生をもっと多くの人に届けたいと突き動かされるようにこの本を書いたそうです。戦争が終わってからの人生の方が長く苦しい。そんな現実を突きつけられました。
高校生にも響いた内容
先日、私の勤務する高校で、この本の著者を招いた講演会がありました。
生徒からは「閉じ込められた世界で、カナダへの亡命を敢行するなど、彼女の行動力に感銘を受けた」「以前は戦争やその被害をどこか他人事のように感じていたが、実際にお話を聞いて、教科書に載っているような現場にも人がちゃんといて、様々な心境を抱えているのだと実感できた」などの熱い感想が寄せられました。
戦争の本というと悲惨で読みにくいという印象がありますが、この本はとても読みやすくドラマティックです。この夏、平和について考えるために、多くの中高校生、そして大人にも手に取ってほしい1冊です。
レビュアー
高校図書館に勤めるベテラン学校司書。
現役の高校司書として働きながら、「みちねこ」として本と人をつなげる活動を展開中。
社会教育施設、書店などを中心にビブリオバトルやワークショップを行っている。
YouTubeチャンネル「みちねこラジオ」は毎月配信中。
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