ページが進むにつれ、まるでSF小説を読んでいるような心地がした。もしかするとテクノスリラーという分類がふさわしいかもしれないし、読み手によってはサスペンスか、一種のホラーといえるかもしれない。ただ残念ながら、本書で書かれているのはすべて現実の話。そして舞台は本邦の隣、近くて遠い「あの」超大国である。感じる恐怖も緊迫感もすべて「本物」だから、先を読む手が止まらないのも無理はなかった。
本書はタイトルのとおり「ハイブリッド戦争」を主軸とし、ロシアの現在の外交政策をさまざまな方向から分析していく。著者は国際政治の中でも、特にコーカサスを中心とする旧ソ連の地域研究を続けてきたスペシャリストだ。新書としては厚めの347ページにわたり、ロシアでハイブリッド戦争が定式化されてきた経緯と現状、そして諸国との関係が世界規模で、縦横無尽に語られている。
最初に驚いたのは第二章、サイバー攻撃の担い手に関する話だった。著者いわく、それは大きく4つに分類されるという。挙げられた「政府系のサイバーアタッカー」「民間のサイバー攻撃会社」「犯罪組織」の3つは理解しやすかったが、残りの1つが予想外のものだった。
第四に、愛国者である。誰に頼まれたわけでもなく、ただロシアの役に立ちたいと、サイバー攻撃やトロール攻撃をおこなう人びとだ。このような愛国者については、アイデンティファイすることがきわめて難しく、ロシア政府としてもほとんど把握できない存在である。
「冗談でしょ!」と思ったが、いたって真面目な話らしい。むろん、愛国者自体はどこにでもいる。だがその言動は、たいてい国内での発散に限られたものだと捉えていた。
ましてや、そこは「ロシア」である。表向きは民主主義をうたっているものの、実際は専制政治が続いている国であり、メディアや個人に対する圧力も強烈だ。それに抗う人々をニュースで見ることがあっても、自らの能力と時間を捧げ、国を超えて自主的に戦争行為へ加担するような者がいるとは考えてもみなかった。その存在が他の3者と匹敵するということも含めて、驚きでしかない。
同じく第二章では、現実に起こった出来事も多く解説されている。たとえばアメリカ大統領選挙時のハッキングやプロパガンダ、IT大国のエストニアに対するサイバー攻撃、直近ではコロナワクチン開発をめぐるイギリスへのサイバー犯罪や情報戦などが挙げられていた。誰がそれらを主導し、どのように行い、そこにはどんな狙いや背景があったのか。本書は国ごとに一連の動きを追うことで、オンライン上で起きている「見えない戦争」を可視化し、事態を読む目を私たちに与えてくれる。
それにしても、読めば読むほど怖くなる。もしも現実がハックされた時、われわれはどうやって情報を見極めたらよいのか。個人ではさっぱり見当がつかない。「戦争」というと、物理的な攻撃や被害のイメージが強かったが、現在のそれは、心理的に人間を壊すことが主な目的にも見えてくる。過剰にも思える攻撃を重ねるロシア。彼らはいったい何を守り、何を得たいのだろう。
その答えは、第三章と第四章にあった。著者によれば、意外にもロシアは「領土拡張を望んでいない」。併合する国や地域が増えれば、それだけ大規模な経済負担が発生する。それを避けつつ、親ロシア的な地域を保つことやその地域が外交的な権利を持つことを目指すことには、こんな狙いがあるそうだ。
ロシアにとってつねに最も重要なのは、ロシアにとっての近い外国、つまり旧ソ連圏である。それらの地域がEU、NATOに加盟するのは絶対に許せない。それこそが、ロシアがジョージア、ウクライナを譲れない理由でもある。今後も、その傾向が続くことはまちがいない。
最終の第五章では、アフリカでのロシアの活動と手法が紹介されている。中国のそれに注目の集まることが多い昨今だが、ロシアもしっかりと食い込みつつあることがよくわかる。
ちなみにアフリカには現在54の国があり、著者がロシアの動きを挙げるたび、新たな国名が次々と登場する。うろ覚えだった私は、グーグルマップを片手に、それぞれの場所を確認しながら読み進めた。前章では北極圏や南米、中東も登場したため、本書を読み終えるころには、頭の中にロシアを中心とした世界地図が浮かんでいた。
映画であれば、上映から数時間後には物語の結末を迎える。だが現状は、未来にずっと続く道の一部でしかない。こんな時代に生きていることを面白がれるならば、今からでも遅くはない、本書を読むことで現実と向き合ってほしい。いっぽう、私のように及び腰で事実に目を白黒させているような方には、せめて現状がどんなものなのか、見定める契機とすることを勧めたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。