今日のおすすめ

PICK UP

2022.07.13

インタビュー

量子力学テロリスト、キメラ……「そんなネタ、大丈夫?」と言われるような作品に挑む、直木賞作家・佐藤究インタビュー 

昨年直木賞に輝いた佐藤究さんが、自身初の短編集『爆発物処理班の遭遇したスピン』を刊行した。量子力学が事件解決のカギになっている表題作をはじめ、それぞれに異彩を放つ全8編。日本推理作家協会賞短編部門の候補作になった「くぎ」は、直木賞受賞作『テスカトリポカ』にもつながる作品だ。担当編集の大曽根幸太と、その誕生秘話を語る。

業界で大きな反響があった「くぎ」の舞台は川崎の街

大曽根 今回は初の短編集となりましたが、いかがですか。

佐藤 僕らも短編が盛り上がった世代ですが、もっと前の世代では芥川龍之介なんかも短編作家だし、「藪の中」も短編。多くの物書きは短編に思い入れがあると思います。連作じゃない独立短編集は最近少ないですが、要はCDのシングルカットみたいなもので。短編集って1冊に1つ2つくらい良いのがあれば、わりとおいしいほうですが、たまに音楽でもほぼ全曲いいアルバムがあって、感動を覚えますよね。いつもそこに近づけたいと思ってやっています。

大曽根 川崎を舞台にした「くぎ」は、直木賞を受賞された『テスカトリポカ』にもつながっていく話だと思うのですが。

佐藤 そうですね。最初、『テスカトリポカ』の舞台は福岡がいいんじゃないかとKADOKAWAの編集者が推していたんです。僕が福岡出身なのと、歌舞伎町とかの東京が舞台の話は飽和状態にあるということで。実際、自腹で福岡にも行ってみたのですが、どうしても作品と合わなくて。僕の描いているビジョンは、この街ではちょっと起きないなと感じたんです。あれはメキシコの麻薬密売組織の残党が川崎へ来てくり広げる話ですが、地理的にみて福岡は東アジアのほうに近すぎるということもありました。

大曽根 「くぎ」は、日本推理作家協会賞短編部門の候補作にもなっていますよね。

佐藤 業界での反響は大きかったですね。むしろ、ほぼそれだけだったんですが(笑)。バイオレンスなんだけど、川崎でああやって苦労しながら生きている主人公の姿に、意外と女性読者の好意的な反応もあって。バイオレンスだから女性の読者に読んでもらうのは厳しいかな、と思っていたんですが、「くぎ」のおかげで『テスカトリポカ』の可能性が見えました。その『テスカトリポカ』も、川崎出身の講談社の女性社員さんが「リアルで良かった」と。地元が出てくると心に残る、みたいな部分もきっとあるんですよね。

量子力学の世界を描くことにもとり組んだ渾身の表題作

『爆発物処理班の遭遇したスピン』著者、佐藤究氏

『爆発物処理班の遭遇したスピン』著者、佐藤究氏

大曽根 それぞれに個性的な作品が8本揃った印象ですが、特に表題作「爆発物処理班の遭遇したスピン」は頭抜けています。

佐藤 「小説現代」に掲載したとき、先輩作家の方に「これは長編のネタですよ」と言われました。

大曽根 僕は当時まだ他社にいましたが、すごい作品が出たという評判が業界を走りました。

佐藤 これを書いたのは、『Ank:a mirroring ape』を書いた直後でした。長編を書いたあとって、少しガソリンの燃料も残っているというか、そういう作家さんは多いんじゃないかな。もともと量子力学の話は好きだったんですけど、敬遠されがちなテーマなんですよね。それをやるならもう今しかないと思って。本当は『Ank』でもこのレベルのことがしたかったのですが、やっぱり知識の量とかコントロールがものすごく難しいので、実はこの長さで終わるのがベストだったんです。

大曽根 1回読んだだけでは何が起きているのかわからない読者ももしかしたらいるかもしれません。でもそれは、物語に潜(ひそ)ませられた佐藤さんからの問いかけに答えようという主体的な読書といえるかもしれません。

佐藤 量子力学の何が面白いって、アインシュタインとかニールス・ボーアとかハイゼンベルクとか、もう探偵の世界で言ったら全員がシャーロック・ホームズで金田一耕助みたいな、歴史に残る頭脳の人たちが、全員で1個の事件をわあわあ言いながら解こうとして、それでも解決しないというところですよね。究極のミステリーです。今でも解決していない問題なので、その世界をどうにかエンターテインメントにするきっかけを自分がつくれたら、あとは若い方々がやってくれれば、僕も読む側として楽しいなと思っているんです。エンターテインメントの形の中に、まったく異質の量子力学が入るので、文体もかなり突き放した感じでやってみました。こういう物理学をテーマにしたハイブロウな作品を表題作にしたのは、かなりギャンブルですよね。僕としては、それとは真逆のローブロウとも言える「くぎ」を表題作にするのがいいんじゃないかと、一度だけ提案してみたのですが。

大曽根 そこは、すごく悩んだところです。短編集はどれを表題作にもってくるかで読者に対するメッセージが変わりますからね。でも「くぎ」だと、短編集としては佐藤究のこれまでの経緯をうたうことになっちゃうなぁと。それが「爆発物処理班」なら、まだ誰もやっていないことをやり続ける作家のチャレンジが見せられるなと思ったんです。

佐藤 定石だと『テスカトリポカ』と同じ川崎が舞台の「くぎ」のほうが、みんなのイメージがのっかりやすい。でも、そうじゃないのも確かに面白いですね。まあ、僕としてもハイリスクハイリターンのほうがいいですから(笑)。

「そんなネタ、大丈夫?」と言われるような作品に挑む

(右)著者、佐藤究氏、(左)担当編集、大曽根

(右)著書を指さす佐藤究氏、(左) 『爆発物処理班の遭遇したスピン』を持つ、担当編集の大曽根

大曽根 ここに収録された8編は、普通なら長編にするような大きなネタばかりですよね。

佐藤 こう言うと語弊があるかもしれないですが、テストショットみたいなことはよくやります。「猿人マグラ」では類人猿に触れましたが、『Ank』の前に書いたものです。『Ank』は、企画段階では限りなく赤信号に近い黄信号を出されていて、乱歩賞のあと1発目に出すこともあって、パニック・スリラーはマーケティング的にも危ないと。でも、文芸誌に短編を出すのはそこまでリスキーじゃないし、業界の反応が見られる。そこで結構盛り上がったから、テーマとしてアリだなと判断できました。

大曽根 黄信号を出されることは、よくあるんですか?

佐藤 いつもです(笑)。ただ、僕としては、「大丈夫ですかね?」と言われた時点で、ひとつハードルを越えているんです。会議で全員がノーと言うときは、まったくの的外れか、それが正解かのどちらか。中途半端に半分くらいがいいねと言ったらもうダメだし、全員がいいねと言うものは外している。編集者が思ってもみないことなら、読者も書店員さんも思っていないことで。それが本当に的外れなのか、そこに鉱脈があるのか、そういう勝負をする。ボクシングでもプロレスでも、きつい試合のほうが、見ている側は面白いんです。

大曽根 なるほど(笑)。

佐藤 だから、編集者に励まされたことがないです。二人三脚というより、フリーでやっている感じがある。あんまり、編集者には感謝していないんですよ(笑)。

撮影/1枚目 森 清、2枚目 日下部 真紀(共に講談社写真部)

佐藤究 (さとう・きわむ) 

1977年福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義で書いた『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作に選出されデビュー。2016年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。2018年『Ank: a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞、第39回吉川英治文学新人賞を受賞。2021年『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞、第165回直木賞を受賞。2022年6月に『爆発物処理班の遭遇したスピン』を刊行。

おすすめの記事

2022.06.10

インタビュー

『元彼の遺言状』に続いて「月9」ドラマの原作に! 『競争の番人』著者インタビュー

2022.05.12

インタビュー

現役医師だから描けた認知症のリアリティ! 衝撃のメディカル・サスペンス『アルツ村』

2022.03.14

インタビュー

元アイドルだから描けたアラサー女性の苦悩と光、『シナプス』。大木亜希子インタビュー 

最新情報を受け取る