デビュー作『元彼の遺言状』に続き、2期連続で「月9」ドラマ化が決定した新作『競争の番人』が早くも大きな話題を呼んでいる。本作の舞台は公取委(公正取引委員会)。一般にはなじみのない行政機関を舞台に、社会派の要素もふんだんに盛り込んだエンターテインメント小説の傑作となっている。著者の新川帆立さんと担当編集の高橋典彦が、作品の背景を語る。
女性が読んでも面白い 女性が主人公の企業小説を
高橋 新川さんに注目したきっかけは、デビュー作『元彼の遺言状』です。発売前に版元から送られてきたプルーフ(注)を読ませていただいて、縦横無尽で外連味(けれんみ)あふれる、新人らしからぬ筆力に驚かされました。それで、これは今しかないと直ちにツイッターでコンタクトを取ったんです。
新川 いろんな出版社の方からご連絡をいただいたのですが、一番早かったのが高橋さんでした。ただ、個人アカウントで、ちょっとふざけた感じの名前だったので、最初は怪しいかなと疑ったんですよね(笑)。でも、いただいた感想から、私の作品をとてもよく理解してくださっているのが伝わって、次は講談社さんで出させていただこうと思いました。
高橋 まずは、社会派のエンターテインメント小説を書いていただけないかとご提案して。
新川 私のほうからは、女性が読んで面白いと思ってもらえるような、女性が主人公になった経済よりの企業小説を書きたいとお伝えしました。女性もビジネスをする時代なのに、そんな小説があまりないと感じていたので。
高橋 すぐに方向性が決まりましたよね。公正取引委員会を舞台に、という案も新川さんのほうから出していただきました。
新川 面白いと言っていただいて、すぐに取材を始めました。公取委のOBの方をご紹介いただいたり、私のロースクール時代の友人づてで現職の方にお話を聞いたり。霞が関の官庁も訪問して聴取室など見せてもらいました。
高橋 公取委という題材は小説でもあまり見たことがないですが、非常にユニークな設定です。それを、これだけリアルに、エンターテインメントとして素晴らしいドラマ展開にしている。それぞれのキャラクターも立っています。もともと一般の方にはあまり知られていない行政機関ですが、この作品をきっかけに注目されそうですね。
新川 実際、ここまでピンチに見舞われることはそんなにないと思いますが(笑)、作品中にあるような内偵はするみたいです。ある程度リアリティのある内容になっていると思いますよ。この間、職員の方から聞いたのですが、新聞社で新しく公取委の担当記者になった方が挨拶に来て、「公取委について勉強をするのに何を読めばいいですか?」と聞かれたとき、『競争の番人』をお勧めされたそうです。お仕事の実態は正しく描けているようですね(笑)。
(注)プルーフ=刊行前に、主に業界関係者に読んでもらうために作成する見本版
いつか小説家になるために選んだ弁護士への道
『競争の番人』著者:新川帆立(しんかわ・ほたて)さん。
高橋 新川さんが作家を志したのは、高校生の頃だったとか。
新川 はい。『ハリー・ポッター』シリーズを小学校2年生のときに読んでから、SFファンタジーや冒険ものを読むようになって、シャーロック・ホームズやアガサ・クリスティー、ミステリーの世界に入っていったんですけど。読むよりも書くほうに興味がいったのは高校生の頃です。いつか小説家になりたいと思いました。でも、そのためには経済的な基盤を安定させたいなと。長期戦で定期収入を得ながら小説を書こうと、食いっぱぐれない国家資格のある専門職を選んだんです。
高橋 それで東大法学部に入られて、弁護士に。やっぱり、小さいころから相当勉強されてたんですか?
新川 勉強は得意でしたね。でも、家で勉強しなさいと言われたことはありませんし、塾にも通っていませんでした。東大は教科書を勉強してさえいれば入れるんですよ(笑)。
高橋 私も教科書は読んでいましたが……。しかし、小説家になるために、まず弁護士になるなんて聞いたことがありません。それを実現させてしまったのだから、すごいですよね。
新川 弁護士をしているときはめちゃくちゃ忙しくて書く時間がなかったのですが、体調を崩して2〜3ヵ月お休みしたとき、「私は小説を書きたかったはずだ」と思い出して、少しゆとりのある仕事に転職したんです。そこで小説教室に通い出して。26歳になって初めて書き始めました。
高橋 最初に書かれたのは、どんな小説だったのですか?
新川 ホラーSFです。小説教室に入るときに30枚ほどの短編をつくる課題があって、書いたものです。実家の駐車場で起きた怪奇現象があるんですけど、それを題材に。それから、投稿生活は2年間くらいですね。その間、一度も一次選考を通らなかったのですが、自分では上達しているのを感じていて、そのうち結果が出るだろうと思っていました。あるとき急に一次が通って喜んでいたら、そのまま大賞をとって、デビューが決まったんです。
読み味は軽やかながら 内容は骨太な社会派
『競争の番人』著者:新川帆立(しんかわ・ほたて)さん。ドラマ「競争の番人」が撮影された講談社社屋にて。
高橋 この作品は、丁寧な取材によって新川さんが公取委の仕事を深く理解されたというだけでなく、もともと弁護士として社会や法律の仕組みを熟知されているというバックグラウンドも、作品に厚みを与えていると思います。そして作家としての確かな表現力によって、誰もが面白く理解できるような作品に仕上がっています。
新川 読み味は軽いですが、内容は意外と骨太な社会派になっていると思っています。いまの世の中、悪いことをしても、その人の力が強いと誰も捕まえられないというような、なかなか正義が信じられない世の中ですよね。正義とか言っている人はむしろ暑苦しい、古臭いと映って、「正義なんてないんだよ」と斜めに見る冷笑派がかっこいいとされるようなところがある。でも、そういう時代だからこそ夢を語って、正義はあるよと言うのが、世の中におけるフィクションの役割なのではないでしょうか。
高橋 そうですね。7月にドラマも始まります。偶然にも、まったく違う制作チームで動いていた『元彼の遺言状』の後、2クール連続で新川さん原作の月9ドラマが決まったのも驚きました。
新川 プロデューサーさんに聞いたら、まずこのタイトルが良かったとおっしゃっていました。
高橋 非常にキャッチーでわかりやすいタイトルですよね。
新川 取材したとき、職員の方が「われわれは競争の番人として」とおっしゃったのを、高橋さんが「競争の番人ですか」って食いついていましたよね。私も良いフレーズだなと思って、すぐにタイトルはこれでいこうとなりました。
高橋 実はいま、『競争の番人』の続編となる作品を執筆していただいていますが、ドラマも含め、今後の反響が楽しみですね!
撮影/渡辺充俊(講談社写真部)
1991年アメリカ合衆国テキサス州ダラス生まれ。宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。同法科大学院修了後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に作家デビュー。デビュー作『元彼の遺言状』はドラマ化され、フジテレビ「月9」枠にて現在放送中。80万部超のベストセラーとなる。『競争の番人』も7月から「月9」枠でドラマ化がすでに決定。同枠では初となる、2期連続で同じ原作者による作品ということで大きな注目を集めている。現在、アメリカ・シカゴ在住。