学生のころ、教科書には「変わらない事実」が載っているものだと素朴に信じていた。だが時が経ち、ふと書店で学習参考書の最新版を開いてみたら、自分が懸命に覚えた単語や出来事がその重みを失ったり、別の名称や事例に置き換わっていたりした。「事実」は上書きされうるものであり、新しい発見も常に続いていくものである──今となっては当たり前のことだが、最初に知った時にはとても驚いた。
そんなことを思い出したのは、本書を読んだためかもしれない。本書は、2009年12月に刊行された『絵でわかる人類の進化』(講談社)を改訂し、新書化したもの。内容は大きく2部に分かれており、第一部では「進化のしくみ」として第1章から第4章までを、第二部では「人類のあゆみ」として第5章から第12章までを収録している。
そして本文は、4名の人類学研究者によって章ごとに執筆されていた。20世紀末からこれまでの研究成果が一望できるかのようで、その広さと重みに圧倒されながらページをめくる。時に難しく思われる内容も、豊富に掲載されたイラストや写真がそのつど理解を助けてくれた。タイトルに「図解」とうたわれているのも納得の構成。ちなみに、ブルーバックスのHPによると、イラストレーターの安富佐織さんという方は、この本の4人の著者と同じ、東京大学の理学部生物学科の卒業生ということだ。深く理解して描かれているから、よりわかりやすいわけだ。各章内の小見出しも細かく分かれているため、少しずつ読み進めるのにも向いている。
さて第一部では「進化」の定義から遺伝のしくみ、地球環境の変動、人類の進化をどう測定し研究してきたかといった話などが、遺伝子レベルから世界規模にいたるまで丁寧に説明されている。すぐには理解が追いつかない箇所は、先述の通り、イラストを見ることでだいぶ救われた。たとえばこの部分。
ヒトは真核生物で、原核生物に比べてずっと複雑なゲノム構成をもっています。そのひとつがイントロン構造です。細胞の中で実際に働くRNA分子に転写されるエクソンとよばれる領域のあいだに挿入されており、遺伝子が読まれてRNAができるときに切り捨てられるようになっているしくみがあるのです。これをスプライシングとよびます。
「エクソン? イントロン?」と、初めて目にするカタカナに目を白黒させていた私も、この図を見たらすぐに理解することができた。直感的にわかりやすい!
第二部では、哺乳類の誕生から霊長類の出現のほか、ホモ・サピエンス、すなわち今のわれわれに至るまでの進化と経緯が、さまざまな方向から明かされている。学説は発見によって時にくつがえされ、議論も時代と共に移り変わっていく。その展開は、ちょっとしたミステリー小説のようでもある。
特に印象に残ったのは、「アフリカからユーラシアへ拡散した原人の子孫たちが、それぞれの地域で現代人にまで進化した」という「多地域進化説」と、「最初の人類はアフリカで誕生した」という「アフリカ起源」説の20年にわたる論争で、後者を裏付けていく過程だった。
このように、遺伝子、化石、考古遺物の3つの側面すべてにおいて、アフリカ起源を支持する基盤が整いました。(中略)ホモ・サピエンスのアフリカ起源を決定づけるには、なんといっても保存がよく、年代のはっきりした化石証拠が必要です。実はそのような化石は1997年にエチオピアで発見されていたのですが、発見者たちが入念な研究を終えてそれを世に公表したのは、2003年になってからでした。
思わず声を上げてしまった。発見から6年もの間、ひそかに研究を続けていたとは……! 秘密を守りながら過ごすことは、研究者にとってさぞ大変な日々だっただろう。だが歴史を変えるような発見を確実にするためには、それだけの時間が必要だったともいえる。研究者たちの熱意と根気がここからも伝わってくる。
一度読み通しただけでは吸収しきれないほど、多くのテーマが詰まった本書。この時代に生きている醍醐味をリアルタイムで味わいたくなったら、ページを開いてみてほしい。きっと、新たな知識と思いがけない研究成果に巡り合うことができるだろう。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。