小学生のころ、「宇宙飛行士」という職業があると知った。「私もなれるかな」と胸を躍らせたが、当時の私の視力ではどうがんばってもその仕事に就くことはできないとわかり、早々に諦めた。ちなみに現在では「両眼とも矯正視力1.0以上、色覚は正常であること」まで条件が緩和されているため、もしも生まれる時代が違ったら、夢の先は続いていたかもしれない。
そんなことを、本書を手にして思い出した。私にとって宇宙は見上げるだけのもので、たとえば映画や小説の中で楽しんだとしても、実際に行くことはない特別な場所の1つだった。ましてやそこに住むなんて、現実としては考えたこともない。しかし私が知らないだけで、世界には本気でその夢に挑み続けている人たちがいたのだ。
本書は、東京理科大学スペース・コロニー研究センター(現・スペースシステム創造研究センター スペース・コロニーユニット)の活動紹介を主題として、宇宙開発の歴史から宇宙で暮らすための課題や実際の挑戦について、現状がまとめられている。まえがきは、日本人初の女性宇宙飛行士・向井千秋氏によるもの。こんなセンターがあったことも、そのユニット長が彼女だということも、恥ずかしながら初耳だった。
そしてほかにも、初めて知ったことがある。その1つが、船内での洗濯事情だ。
国際宇宙ステーション内では洗濯ができないため、地上から輸送した衣服は汚れるまで着用して、その後は捨ててしまうという、非効率なうえにあまり衛生的でない方法をとっています。そこで、多屋教授らのチームは、日本の得意とする高機能消臭抗菌技術により、宇宙船内で着用する船内服を長期間清潔に保つことに成功しました。
考えてみれば当然のことだった。宇宙でも人の生活は続く。洗濯機は大量の水を使うし、その処理も大変だろう。振動もそれなりに発生する。だからといって、「汚れるまで着用」という発想も浮かばなかった。なぜならテレビなどで見かける宇宙飛行士たちの生活は、地上で過ごす私たちと大差ないように見えていたから。「なるほど、やはり宇宙には宇宙式の生活が必要なのか」と腑(ふ)に落ちた。
ちなみに開発された船内服は、実際のスペースシャトルミッションにも採用され、宇宙飛行士たちから好評を博したそうだ。それだけでなく、地上においても活躍した例があった。
2010年にチリ北部コピアポ郊外で発生した鉱山落盤事故に際し、JAXAは、前記の宇宙飛行士用の被服の技術を応用した消臭・抗菌性の高いアンダーシャツなど数十着を提供し、長期間地中に閉じ込められた被災者の健康の維持に貢献しています。
おそらく事故以外の場面、たとえば大規模な自然災害などで多数の人が避難生活を送る場合にも、今後必要とされていくだろう。避難所では水の供給が常に課題となるし、ニュースでも自衛隊が風呂を提供している場面などは目にすることがある。こういった技術がさらに広がり、実用性が高まれば、活躍する場も多くありそうだ。宇宙式の生活は、同時に、私たちの暮らしにも直接つながっていると気づかされる。
ほかにも、閉鎖環境における食糧調達を目的とした野菜の栽培や、エネルギーシステムの活用など、その話題は幅広い。写真や図解も多く、文章だけでは頭に入りにくい部分が視覚的に補強されていてわかりやすい。なにより、解説者たちの前向きな姿勢と丁重な説明が心に響く。それは巻末の、この言葉にも表れていた。
宇宙において定常的な居住を実現しようとするとき、我々はさまざまな社会の要素を、まったくのゼロから作り上げる自由を与えられることになります。そのときによりよい社会を作ることができるとすれば、人類がよりよいものに進化するチャンスを与えられているとも考えられます。宇宙に挑戦することで、たんに技術だけでなく、社会や文化なども含め人類が変わっていける可能性は多岐にわたるものだと思います。
これから先の研究が楽しみになる1冊。大人だけでなく、宇宙研究やスペース・コロニーについて関わりたい若い方々にも、本書を通し「宇宙に住む」という可能性に触れてほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている