「文系」と「理系」の融合が進んでいるらしい。元からその分け方に違和感はあったものの、人物をタイプ分けしたり、苦手なものを「いやいや、俺、文系(理系)だし」みたいな言い方でなんとなく「回避」するための、ある意味便利なシステムだった。その文系・理系の分離が終わろうとしている。
現実の世界はどんどん進化している。無駄な言い訳なんぞをしている場合ではなく、これまでの枠組みでは捉えきれない、「地球環境」や「宇宙物理学」などの分野で、自然科学、人文社会科学など、文・理の垣根を越えた研究活動が活発になってきている。
「文系・理系」という分け方は、1910年頃から一般化されたらしいが、近年はあまり人々に意識されることもなかったようにも思える。だが、研究開発の進んだ理系の専門分野は一人歩きを始め、一般の基準に照らし合わせた「理解」から遠ざかるように進化していった。これが問題だった。
そこで、理系の先進的な研究に、文系の知恵とも言うべき「リベラルアーツ(基礎教養)」を生かす試みが広がり、大学の新設学部をはじめ、ここ数年、「文理融合」が急速に進んでいるというわけだ。
私は「文系の知恵」のみで世の中を渡っている。本書のタイトルを聞いたとき、すぐに「半分冗談のような」70年代風「科学(的)読み物」を思い浮かべた。(たとえば)「誰でもなれるエスパー講座」「人体自然発火現象の謎」など、小さい頃から何度も出会ってきた本を想像した。どうせ宇宙なんてわかりっこないし、「適当」な知識と発想力で展開していく、そんな「与太話」をただ待っていた。
だが、本書は違った。そこにあったのは、「文理融合」が進化した「現代」の本だった。
「宇宙人と出会う前に読む本」というタイトルは冗談ではない。大真面目な中身である。
現在、宇宙がどのようなものでできているかを測定した結果、以下のことがわかっているという。
それまで私たちが知っていた物質「バリオン」は宇宙全体の5%にすぎず、95%以上は「未知なるもの」であり、それらを「ダークマター」あるいは「ダークエネルギー」と名付けている。
本書では、宇宙人を含む、多くのことが「未知」であると、しっかりと認めている。
ただし、「未知」とは言っても、SF映画に出てくるようなまったく想像もつかない未知の生命体などとは違い、ここでいう未知とは「正体が不明」という意味です。宇宙全体に占める量は正確にわかっていますし、性質の一部もわかっています。その意味では、未知というよりは「不審者」に近いと私は思っています。フードをかぶってサングラスをかけているので誰なのかはわかりませんが、人間であることや身体的特徴はわかっているといったイメージです。
で、ここからが「文系の知恵」の出番である。
もしも宇宙で知的生命と会話することになったら、あなたは自分のことをきちんと説明できますか?
出身地や身体の組成など、相手はいろいろ聞いてきます。宇宙の平均より文明が遅れている可能性がある地球人は、それらにどう答えればよいのでしょうか?
宇宙人同士の社交の場「惑星際宇宙ステーション」にて繰り広げられる架空の物語が、本書の柱である。ここで地球人に向けられる宇宙人からの質問を背景にして、「私たちはどこから来たのか」「私たちは何でできているのか」「私たちは(宇宙の)力をいくつ知っているのか」「宇宙の創造者・破壊者」「数の概念」「エネルギー」などについて、「可能な限り」科学的に解明していく。
架空の設定がグイグイと読者を難解な学問の世界へと引き込んでいく。そうはいっても、化学や物理の話なので、その詳細をお伝えする自信はない。だが、どこまでも「文系アタマ」の私には、こんなフレーズが刺さった。
「宇宙人はお互いに、あまりにも孤独なのです」
惑星間の距離の問題、文明の寿命の問題、通信手段の問題。その詳細は本書をお読みいただきたいが、宇宙というとてつもない大きさのなかで孤独を生きる私たちは、「一介の宇宙人」として、今後、どのように生きていかなければならないのか。
結局、宇宙人としての教養をどれだけ高められるかは、なにげない日常のなかで普遍的なものと、そうでないものをどれだけ見極められるかにかかっているのではないかと思います。地球人にとっては必要でも、宇宙人にとっては無意味なものも少なくないはずです。ぜひ身の回りのものを、宇宙人的視点で見つめなおしてみてください。そのときあなたは地球にいながらにして、名実ともに立派な宇宙人となっていることでしょう。
「文理融合」は、なるほど大事な入り口である。だが、本書は単なる文理融合にとどまらず、私たちが「宇宙標準の教養」を身につけることを強く主張している。いつの日かわからないけど、地球人はきっとその目的を果たす。宇宙はむずかしいけどおもしろい。文系の私にも勇気が湧く。
「科学は自然の神秘を解き明かすことではない。なぜなら私たち自身が自然の一部であり、解き明かそうとする神秘の一部なのだから」著者は、量子力学の創始者の一人、マックス・ブランクのこんな言葉で本書を締めくくる。
そう、宇宙を解き明かすことは、永遠の「自分探し」なのだ。
レビュアー
コラムニスト。1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、独立。フリー編集者として、雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に、昭和の風俗や観光に関するコラムを寄稿している。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『車輪の上』(枻出版)、『大物講座』(講談社)など。座右の銘は「諸行無常」。筋トレとホッピーと瞑想ヨガの日々。全国スナック名称研究会主宰。日本民俗学会会員。