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2021.02.24

レビュー

超電導、スピン流……人類の物質観を革新する「トポロジカル物質」とは何か

数式をつかわない入門書

はじめて耳にピアスをあけたとき、当時の上司(数学や量子物理学が好き)に雑談がてらそのことを報告したら「へえ、俺とはトポロジー的に別の存在になったんだなー」と奇妙なことを言われた。ここでいうトポロジーとは、穴があいているか否か、いくつ穴があいているかで分類することを意味するらしい。変なの、と思ったけれど、とにかく違うのだろうなとワクワクした。どこか遠くの神様が定めたルールを聞いたような気がしたからだ。

『トポロジカル物質とは何か 最新・物質科学入門』を、私はその時のワクワクした気持ちを思い出して、この世には不思議なルールが他にもいっぱいありそうだという興味だけで読み始めてしまったのだ。最新どころか最古もよく知らないのに。

トンネル効果、フェルミ準位、マヨラナ粒子。初対面な単語が並ぶ「目次」で沈黙し(なんとなく覚悟はしていたのだけども)、でもワクワクしたくてページを開いたら夢中になった。かつて化学の授業の第1回目で「モル」に心を折られた私すらこの本は歓迎してくれた。

数式ではなく綺麗なわかりやすい文章でひとつひとつ説明されているので親しみやすいからだ。(各項が短くまとめられているので、寝る前や電車での移動中に少しずつ楽しく読める)

科学って面白いんだなと興奮できる本だ。たとえば、量子物理学の「パウリの排他原理」の項ではこんな言葉がそえられている。

原理とは、なぜそうなるのか何かを根拠にして説明することができない原理原則だという意味です。(中略)それを認めれば、すべてうまく理論を組み立てて自然現象を説明できるというものであり、理論の土台になっているものなのですが、その原理自体は、なぜそれが成り立つのか説明できないのです。本当の意味での根本原理であり、まさに神様が定めたルールだと言うしかありません。

「なぜそうなるのか誰にもわからない(でもそうなっている)」ってすごく楽しい。

第I部ではノーベル賞をベースに物質科学の進歩が語られる。世界がどんどん深く広くなっていくようで胸が躍った。その愉快な気持ちのまま第II部に進み、物質の性質を表現するうえで便利な「運動量空間」や「バンド分散図」を知って助走をつけ、第Ⅲ部でトポロジカル物質に飛び込む。クリストファー・ノーランのSF映画かな? と思うような世界が待っていた。

電子のことが気になってしょうがない!

物理学や物質科学をよく知らない私のような人にとって、第I部と第II部はとくに親しみやすいガイドにとなるはずだ。ダイヤモンドがまぶしいこと、パソコンがどんどん薄く軽くなること、充電中のスマホが熱をもつこと、ノーベル賞が私のゲーム機とも関連があること。身の回りにある物質と再会しつつ、「電子ってなんなの?」という疑問が頭の中でパンパンにふくらむ。

この第I部と第II部があるから第Ⅲ部が「読める」ようになるのだ。たとえば第Ⅲ部のこんなくだり。

トポロジカル表面状態は、原子の化学的な結合の状態で性質が決まっているわけではなく、物質の「端」という理由だけで、物質の内部と表面の性質が違ってくるのです。「バルク・エッジ対応」とか「トポロジカルに保護された表面状態」と言われるゆえんです。「トポロジカルに保護された」とは、物質内部でのバンドの「ひねり」、つまりバンド反転が解消されないかぎり消えることはない、という意味です。

この本を読み始める前の私なら、日本語なのに一切意味がわからなかったと思う。でも今ならわかる。前半でしっかり「“トポロジカルに保護された”ものではない物質」が出てくるし、より初歩に触れているからだ。

正の電荷をもつ原子核が原子の中心にあり、その周りを負の電荷をもつ電子がいくつか周回している、というのが原子です。

なつかしい。そして、徐々に「共有結合の物質は電流が流れないんだね」、「半導体ってほどほどに電気が流れるんだね」、「走査トンネル顕微鏡って便利だな」、「電子ってスピンするんだね」「フレミングの法則ってあったね」と物理の世界に足をふみいれていく。

この、ちょっとずつ「ふんふん」と知っていく過程がとても楽しい。磁力や温度が電子のふるまいに影響をあたえる話も繰り返し登場する。

強磁性体でも温度を上げると、熱エネルギーのために、一方向を向いて固定されていたそれぞれのスピンがフラフラと反転し始め、十分高温にすると、個々の電子のスピンが絶えず激しく反転するようになるので磁石としての性質が消えてしまい、常磁性体となってしまいます。

で、このあたりからだんだん「電子、どうなってんの!?」という世界に突入する。たとえば「量子ホール効果」。

2次元電子系に非常に強い磁場をかけると、自由電子がたくさんいるにもかかわらず、2次元電子系の内部はサイクロトロン運動のために絶縁体になって電流が流れませんが、端では、そこに沿って電流が流れる通路ができます。

上記をイラストで表現したのがこちら。


(c)と(d)が量子ホール効果を表している(上のフレミングの法則の指、なつかしい)。この説明図は後半でもたびたび言及されるので付箋をはっておくことをおすすめします。

通常の性質は、金属や半導体、絶縁体の節で述べたように、原子どうしの化学結合の性質に起因していますが、量子ホール効果は全く違った原因から生まれる現象なのです。

どんな形だろうが量子ホール効果状態のものは「端っこは電流が流れて、中は絶縁体」なのだ。このあたりから最高に面白くなって、電子のことをもっと知りたくなる。

そして第II部で電子の表現方法を知る。


6.022×10の23乗個もある電子が「物質の中の今どこにいるか」を知るなんて無理だし意味がないので、それはそれとして、(c)のように始点を揃えてベクトルで表現している。すっきり。

このイラストもいい。金属(電流が流れる)と、半導体、絶縁体に光や電気などのエネルギーを加えたとき、電子がどう動くかは、以下のように表現される。


ガチガチの文系の私ですらこの本を読むうちに「ああこのイラストは電子のことを考えるときに、わかりやすくて便利だな」と思ってしまう。高校生の頃の私が知ったら仰天するはずだ。

「ひねられた」電子

第Ⅲ部でいよいよ「トポロジカル物質」について語られる。私が一番「これは友達にきちんと話せるヘンテコさだ」と思った部分を紹介したい。

まず、第Ⅲ部は第I部と第II部と比べて段違いにむずかしい。だって、先ほど紹介した「バンド図」がこんなことになるのだ。(a)と比較すると(c)の異様さが際立つ。


さっきとは別物。なにがおきてんだ? この本はこの不思議な状態も言葉をつかって丁寧に解き明かしてくれる。普通の絶縁体(a)とトポロジカル絶縁体(c)はどうちがうのか?

普通の絶縁体はこんな感じ。

中身は絶縁体なのに表面だけが金属になっているという物質は、実は以前からたくさん知られていて、何も珍しいものではありません。(略)
しかし、シリコン結晶の表面では、たとえば空気にさらして酸化されると、その金属的な表面電子状態は消えてしまいます。(中略)ですので、シリコンはトポロジカル絶縁体ではなく、普通の絶縁体(半導体)です。

表面が酸化すれば、表面に電流が流れることはなくなる。ではトポロジカル絶縁体はというと。

一方、トポロジカル絶縁体では、物質の中身のバンド反転がなくならない限り、その表面での金属的な状態は消えないのです。たとえば、トポロジカル絶縁体物質の表面を酸化させると、その表面での酸化層はトポロジカル絶縁体ではなくなり普通の絶縁体になりますが、その酸化層の下はトポロジカル絶縁体であり続けるので、今度は酸化層とトポロジカル絶縁体との境界面に金属的なトポロジカル表面状態(界面状態というべきか)が存在することになります。

酸化しようが加熱されようがどうなろうが、性質はかわらない。それまで「超低温にすると電子の動きが変わります」といった話が多かったのに、キリがないというか、トポロジカル物質のこの頑強さ! 

一言で言うなら、「ひねられた」電子が動き回っている物質といえます。

不思議だけど実在する物質なんだよなあ……。不思議なだけじゃなく、役にも立つ。この本では、トポロジカル物質がやがて現れるであろう量子コンピュータの鍵であることも語られている。まだ見つかっていない幻の粒子「マヨラナ粒子」の不思議な性質も、まだ見つかっていないのに理論の研究は進んでいるのだという。

もちろん「役に立つ」はうれしいことだけど、私は「そうだったの」と「知りたい」に心がかたむいた。最後まで読んで果てしない気持ちになったあと、再び最初に戻ってコツコツ読み直すとさらにワクワクするのだ。100年前にはわからなかったことや、見つからなかったものが、今は見つかっているんだよなあと楽しくなってくるからだ。

もともと物理が好きな人にも、そうでない人にもおすすめしたい。20世紀の物理学の歴史的発見から最新の研究までズラっと案内してくれる1冊だ。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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